米国の正義を問う~映画「声をかくす人」 [映画時評]
米国の正義を問う~映画「声をかくす人」
ロバート・レッドフォード監督によるがちっとした歴史ドラマである。1865年のリンカーン暗殺事件にまつわる史実を取り上げ、アメリカの正義とは何かを問う。
もう随分昔のことになるが、ワシントンを訪れて暗殺現場を見たことがある。半分垂れ下がった緞帳。ステージも客席もそのままの劇場。向かいの建物には、息を引き取ったベッドも残されていた。ワシントンには、知られているように巨大な石像もある。アメリカ社会に、リンカーンという存在がどれほどの影響力を残しているかをうかがうことができる。
しかし、それは掛け値なしにリンカーン個人の業績によるものなのか、あるいは後世の人たちによって作り上げられたものなのか、その境界線は判然としない。
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南北戦争直後。米国内の統一が急がれていた。そんな時、南軍の生き残りによってリンカーンに銃弾が放たれる。暗殺実行犯ジョン・W・ブースは逃亡中に射殺され、残る共謀の一味が身柄拘束される。このなかに、アジトを提供したとされるメアリー・サラット(ロビン・ライト)もいた。彼女は南部出身で、下宿屋を営んでいた。
やがて裁判が始まる。被告はみな民間人だが、軍法会議である。一方的な審理に、弁護を引き受けたフレデリック・エイキン(ジェームズ・マカヴォイ)は怒りを募らせる。メアリーは無実を訴えるが聞き入れられない。しかし、彼女には事件に関してどうしても言えないある秘密があった。
リンカーン暗殺に関与した者たちをどう処断するか。これは、戦争によって分断されたアメリカ社会を統合するため避けて通れないテーマであったのだ。裁判を背後で指揮したスタントン陸軍長官(ケヴィン・クライン)には決然とした思いがあった。一人の女性の無実を証明することより、いまはアメリカ社会を再建することこそ重要なのだ―。
この裁判で無力さを感じたフレデリック・エイキンは弁護士をやめていく。「アメリカの正義とは何なのか」を自らに問いながら。その後、彼はワシントン・ポストの初代社会部長に就く。
全編を覆う穏やかな色調がとてもいい。だが邦題「声をかくす人」は意味不明。原題「THE
CONSPIRATOR」(共謀者)はよく分かるが直截である。もうひとひねりほしい。
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