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底知れぬ恐怖~映画「チェルノブイリ・ハート」 [映画時評]

底知れぬ恐怖~映画「チェルノブイリ・ハート」

 少女は手術台で不安におののいている。彼女の心臓の壁には、小さな穴が二つあいている。そこにゴアテックス製のパッチが張られる。1枚300㌦。医師の月収が平均100㌦というこの国では、安い値段ではない。幸い、手術はうまくいったようだ。しかし、それはたまたま運よく、腕のいい医師に巡りあったからにすぎない。たくさんの子どもたちが、このような疾患で亡くなっている。この地で多く見られる心臓の障害。それはチェルノブイリ・ハートと呼ばれる―。

 映画「チェルノブイリ・ハート」(マリアン・デレオ監督、2003年、米国)を観た。1986年に爆発事故を起こした旧ソ連チェルノブイリ原発から約80㌔。ベラルーシ南東部ゴメリ市の遺棄乳児院。重度の障害を抱えた子供たちが暮らす。その町の医師は、障害を持たずに生まれてくる子はわずか1520%だと証言する。勤続19年という別の医師は「今も毎年、障害児が増えている」という。それが原発事故の放射能のせいか、だれも断言はできない。しかし、この状況はだれがみても異常である。ミンスク市の甲状腺治療センターでは事故から16年を経て、10代の若者の多くが甲状腺がんに苦しむ。こう書きながら、言葉の虚しさを覚える。これは、映像でしか伝えきれない現実だ。


 チェルノブイリ_001.JPG


 併映されたもう1本「ホワイトホース」(2008年)は10数分の短編。若者が20年ぶりにかつて暮らした町を訪れる。原発の「爆心」からわずか3㌔にあるプリピャチ。廃墟と化した高層アパート群。それは、かつては原発作業員たちが住み、未来都市の象徴だった。しかしいま壁のカレンダーは「1986」のまま。「未来」など、どこにもない。4月26日以降の暦を荒々しく破り捨て、揺れる心を抱えて若者は立ちすくむ。彼の近親者は既に10人が、がんで亡くなったのだという。彼自身もまた同じように死ぬだろうという確信を語る。「とんだ犬死だぜ」―。そして若者が1年後に27歳で病死したことが伝えられる。

 観終わって、頭をよぎったのはこんなフレーズだった。「原発周辺に住む何万・何十万という人たちに対して、原発という未完成技術の発展のために捨石になれという権利は誰にもない」(山本義隆「福島の原発事故をめぐって」)

 この姿は、あすのフクシマなのだろうか。


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