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再び肉体を持った安保闘争のヒロイン~濫読日記 [濫読日記]

 再び肉体を持った安保闘争のヒロイン~濫読日記

「樺美智子 聖少女伝説」江刺昭子

聖少女伝説_001のコピー.jpg  ★★★★☆ 

 「樺美智子 聖少女伝説」は文芸春秋刊。1762円(税別)。初版第1刷は2010年5月30日。

 著者の江刺昭子は1942年生まれ。雑誌編集者を経て作家。被爆作家・太田洋子の評伝「草饐」で田村俊子賞。











 記憶は聖化するという定式がある。そして聖化した記憶は、記憶でなくなる。

 1960年6月15日、国会南通用門に突入し警官隊ともみ合う中 で死んだ樺美智子は直後の国民会議葬で、松山善三によって「可憐な少女のつぶらなひとみ」と語られる。22歳の女性は本当に「可憐」で「つぶらなひとみ」だったのか。その後も樺美智子のイメージは「日本のジャンヌ・ダーク」になり「キリスト」になり「偉大な革命家」になっていく。あたかも天空の星になるかのような「記憶の聖化」である。
 一方でこんな証言がある。

 「あれは交通事故で死んだのと同じさ」

 「言っちゃ悪いがバカというか、真面目すぎて、融通がきかない人だったな」


 著者の江刺昭子は60年安保当時、早稲田大に入ったばかりの「一般学生」だった。しかし彼女は、当時の思い出を書こうとしたわけではない。

 「過去を懐かしんでいるわけではない。六〇年安保闘争の象徴として虚実入り混じったイメージに閉じ込められている樺美智子の実像に迫りたかった。レクイエムを歌うつもりは(ない)」

 ここに、樺美智子を書いた著者の思いが込められている。星になった美智子に再び肉体をまとわせる。これが著者の10年に及ぶ作業の出発点である。あくまでも丹念に、美智子の生い立ちを追っていく。その中で浮かび上がる実像―。
 父は大学教授。神戸大と中央大を行き来する。美智子は芦屋に住み、県内で一番の進学校、神戸高校に進む。あるとき、滝川事件の当事者で京都大総長だった滝川幸辰がOBとして講演する。その中で「女は良妻賢母がいい」と話す。美智子は「女を侮辱している」と、抗議をすると言う。それを聞いた友人は―。
 「だけどねえ、それはせっかく来てくれた人の労に対してどうなんだろうか…」
 物静かな態度とごまかしを許さない激しい面が周囲の人々に印象付けられていく。
 一浪ののち、東京大に進む。歴史を専攻する。20歳の誕生日を迎え、共産党に入党する。60年安保の3年前である。そしてその後、よく知られているように全学連主流派は党から離れ「ブント(同盟)」を結成する。主要メンバーは東大細胞である。美智子も当然のごとくブントの一員になる。ここでの彼女を知る人たちの証言はほぼ一致している。アジテーターとしてのカリスマ性はあまりない。発言は原則的であり、正当である。何の粉飾もない主張はしばしば周囲に「恐れ」と「反発」を生む―。ある大学職員が、美智子に声をかける。

 「かたくなな公式主義を繰り返している人は、いつか必ずポキッと折れるときが来る」―。美智子は唇を噛んでにらみつける。


 時代は違っても、こうした「季節」をくぐりぬけてきた人間には、とてもよく分かる情景である。明快すぎるほど明快な理論で世界が割り切れる、と思った瞬間に「世界」が手に入ったと思いこむ。羽田空港籠城による逮捕を経て、美智子の「思想」はますます強固になる。大学の知人たちは「樺さんは神がかってきた」と思うようになる。これもよく分かる感覚である。こうした運動の中にいると「ふっきれた」瞬間が訪れるものだ。
 「人間・樺美智子」を追う実証の筆は、あの「6.15」の事実検証へと向かう。そのとき、美智子とスクラムを組んだのは誰だったか。直後の週刊誌には、美智子が亡くなった時の状況の証言が載っている。しかし、該当する学生は見つからない。謀略のにおいがする。死因は。これも当時、論争を巻き起こしたが、いまだに決着はついていない。少なくとも「圧死」と決めつけるには無理がある。
 さて、樺美智子は「特別な存在」だったか―。ここには二つの答えが用意されている。「聖少女」などという存在ではなく、普通の物静かな女性である。では、普通の女性であったか―。彼女は「普通の存在」ではなかっただろう。ブントに所属し、女性の活動家としてはおそらくトップの位置にいた。だからこそ、デモの中にいる彼女を警察はマークしていただろう。そしてこの答えに一つだけ付け加えるとすれば、少しきまじめで頭のいい女性が戦後民主主義という社会のレールにぴたりとはまったとき、実は容易にとり得る行動ではなかったか。
 美智子が「聖少女」の道を歩み始めたスタートラインはどこか。直後に開かれた国民会議葬には、吉本隆明が安保闘争の総括として「擬制の終焉」と書いた、まさしくその「擬制」のトップに立つ人たちが並んでいる。この国民会議葬で、内実のない言葉の羅列による「ヒロイン化」=「記憶の聖化」が行われていく。ブントの安保はここにきて「壮大なゼロ」に終わったのである。


樺美智子 聖少女伝説

樺美智子 聖少女伝説

  • 作者: 江刺 昭子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/05/27
  • メディア: 単行本




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