米国の誤算の集積~濫読日記 [濫読日記]
米国の誤算の集積~濫読日記 |
「グリーン・ゾーン」(ラジブ・チャンドラセカラン著)
★★★★☆ 「グリーン・ゾーン」は集英社インターナショナル刊。2100円(税込)。初版第1刷は2010年2月28日。 著者のラジブ・チャンドラセカランは1973年、米国生まれ。1994年、ワシントンポスト。2009年9.11以降、アフガニスタン取材チーム。2003年4月から2004年10月までバグダッド支局長。本書で英サミュエル・ジョンソン賞受賞。 |
「イラク戦争とは何であったか」-。いまだ解き明かされぬなぞである。だからこそ、多くのノンフィクションがこのテーマに挑んでいる。「ブッシュの戦争」を書いたボブ・ウッドワード。かれは戦争への決断をこのように描写する。
「フセインが関与していると見ているものは多い」とブッシュは言った。「それは当面の問題ではない。フセインが関与していることをつかんだら行動を起こす。結局のところ、十中八九、からんでいるにちがいない」
そう言ってブッシュは退席した。
(略)
「大統領という仕事の面白さは、じつに不思議だが、あまり郵便物に目を通さないことなんだ。ひとついえるのは、私が直観に頼っているということだ」
極めつけはボブ・ドローギンの「カーブボール」かもしれない。「カーブボール」-。この書によれば「惑わすような企て。ぺてん、ごまかし」の隠語である。
「イラクでトレーラー型の移動式生物兵器の開発・製造にかかわった」と亡命イラク人が偽情報を漏らす。ドイツ連邦情報局は疑問符付きで米中央情報局に流すが、ホワイトハウスはこれを確かな情報として戦争に突入する。情報機関同士のすれ違いを鮮やかに描き出す。
ここにもう一つ「イラクでの米国の失敗」を描いたノンフィクションが現れた。バグダッドを拠点に、それも占領政府にあたる連合国暫定当局(CPA=Coalition Provisional Authority)を軸に数々の臨場感あふれる「失敗の物語」を紡ぎだす。著者はワシントン・ポスト紙の当時のバグダッド支局長。
グリーン・ゾーンとはサダム・フセインの住んでいた共和国宮殿を中心にした米軍管理区域である。高さ5㍍の塀に囲まれ、巨大なプールや大理石の建造物がある。フセインが身を守るために固めた居住区がそのまま米軍および関連職員の居留区となっている。CPAやその前身ORHA(復興人道支援室)の職員たちにとっては、バグダッドの治安が確立されるまでの「グリーン・ゾーン(安全地帯)」なのだ。
「サダム・フセイン政権崩壊直後から数カ月間、アメリカ人は多くのイラク人から解放者として歓迎され」る。しかし、米国とイラク国民の蜜月は長くは続かない。一つは国防省と国務省の路線対立が、イラクの統治政策にも影を落とす。
政権移譲をどう進めるか。国防省は亡命イラク人に権限移譲するよう画策する。一方、国務省は国内のイラク人も加えたい。両省の対立で明確な方針が決められない。
「ついに一人の族長が立ち上がり、新政府の顔ぶれを決める責任者は誰なのかと尋ねた。
『責任者はあなたたちだ!』とガーナー(ORHAの責任者)は答えた。
会議場の全員が息をのんだ。これほど重要な問題に関与する権利を、アメリカ政府が放棄してしまったことが信じられなかったのだ。
(略)
首都ワシントンでは、ようやく大統領とその周辺が、イラクの政権移譲計画が存在しないことに気付き始めていた」
もちろん、こうしたちぐはぐは前線の兵士にもおよぶ。
「イラクへの出発に先がけて、ハーレンはバージニア州の陸軍基地に送りこまれて、訓練を受ける(略)。もっとも、実際には予防注射を二回受けて、防弾チョッキを受け取っただけである。チョッキには、補強用のセラミックス板が入っていなかったから、カラシニコフ機関銃で撃たれれば、ひとたまりもなかったろう」
バグダッドでは「誰もかれもがカラシニコフを所持している」にもかかわらず、である。
そしてついに「グリーン・ゾーン」そのものが安全地帯ではない日がやってくる。「グリーン・ゾーン」内に立つ名門ホテル「アルラシード」。共和国宮殿は人であふれ始める。ORHAの警備担当者は、この名門ホテルの安全にお墨付きを与える。ここから悲劇が始まる。
「もう一度、ホテルの建物が揺れた。四発目のミサイルだ。そしてあたりは静寂に包まれた」
「グリーン・ゾーンは、この日の攻撃から立ち直ることは、ついになかった。『別世界のように安全なエメラルド・シティ』というCPA職員たちの確信は、この日を境に瓦解したのだ」
ここに書かれたのはバグダッドという戦争の現場で見聞きした米国の誤算の集積である。帯にある池澤夏樹の言葉を借りれば「詳細なレポートがアメリカ人の無知と、善意と、傲慢の結果を明らかにする」のだ。しかし、こうした米国の誤りは今に始まったことではない。「Die for a tie」(引き分けるために死ぬ)と言われた、あのマッカーサーの朝鮮戦争以来の「伝統」なのだ。
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