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なんと複雑な心理劇~映画「パワーオブザドッグ」 [映画時評]

なんと複雑な心理劇~映画「パワーオブザドッグ」


 「クライ・マッチョ」は、90歳になったクリント・イーストウッドがロデオのヒーローだった男の末路を哀愁ある味わいで演じた。「パワーオブザドッグ」に出てくるカウボーイはそれとは真反対の内面を持つ。表面的には「マッチョ」だが、内側にはさまざまな自爆装置を抱え、最終的に破滅へと導く。
 「クライ・マッチョ」のように、出てくるキャラクターが直球勝負でない。なにがしかの屈折を抱えている。

 1920年代のモンタナ。フィル・バーバンク(ベネディクト・カンバーバッチ)は弟のジョージ(ジェシー・プレモンス)と牧場を引き継いで20年になる。いかにも西部の男らしい豪放なフィルに比べ、ジョージは地味で堅実。ジョージはローズ・ゴードン(キルステン・ダンスト)と結婚し、連れ子のピーター(コディ・スミット=マクフィー)と共同生活をすることになった。
 知事を招いて結婚祝いのパーティーをするが、この共同生活が気に入らないフィルはさまざまな形で妨害する。フィルは亡くなったカウボーイ、ブロンコ・ヘンリーを崇拝、男だけの世界こそ理想だと思っている。ところがピーターは、フィルが「お嬢ちゃん」とからかうように線が細く、真反対のイメージだった…。
 こうして人間模様の機微が語られるが、その裏側には冒頭に上げたような内面の屈折した仕掛けがいくつか施されている。
 一見粗野なフィルは、実はイェール大学でラテン語の古典を学んだインテリ。ローズがパーティーでピアノ演奏を促され逡巡の末断るが、フィルはバンジョーの名手でもあった。その一方で、いかにものピーターではなく、フィルこそがホモセクシュアルだった。
 4人の関係は複雑に絡み合う。男らしくないことをからかうフィルに対して殺意を持ったピーターの計画が実行に移される。
 凶器は炭疽菌だった。フィルは生皮を裂いてロープを作っていた。ピーターの計画はこうだった。
 まず、牧場の生皮をすべて業者に売り払った。続いて、フィルにわざと指にけがをさせた。炭疽菌で死んだ牛の死骸を探し出し、皮をはいで持ち帰った。牧場の生皮が消えたことに腹を立てたフィルに、その皮を差し出した…。

 タイトルの含意はラストシーンで明らかになる。そこでは「我が魂を剣より、我が最愛の人を犬の力より解放したまえ」という旧約聖書の詩篇22をピーターが読む。西部の男らしさを求めるフィルはピーターと母親にとって脅威であり、そこからの解放を願った物語、と読めるのである。
 しかし、これは一つの解釈にすぎない。裏付けるものが映像の中にないからである。結末からそれぞれの行動を逆算、推理するとそうなる、というだけのことである。この解釈では、我が魂とはピーターであり、最愛の人は母のローズということになる。我が魂をフィルと想定する別の解釈も成り立つかもしれない。そうした幅を持った作品である。
 それにしてもなんと複雑な心理劇であることか。
 2021年アメリカ、イギリス、ニュージーランド、カナダ、オーストラリア合作。ジェーン・カンピオン監督。


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ヨーロッパの古層をはがす~濫読日記 [濫読日記]

ヨーロッパの古層をはがす~濫読日記


「第二次世界大戦秘史 周辺国から解く独ソ英仏の知られざる暗闘」(山崎雅弘著)


 ロシアのウクライナ侵攻が世界を揺るがしている。問われているのは、第二次大戦後に生まれソ連崩壊とともに膨張したNATO体制である。戦後ヨーロッパはどのようにして東西に分かれたのか。なぜ東欧圏の多くはソ連崩壊後のロシアにではなくNATOの側に付いたのか。ウクライナ危機の背景にあるそうした問題を解く手がかりの一つに、この「第二次大戦秘史」はなるだろう。
 私たちは、現代史の大きな流れを米ソ英仏+中国対日独伊枢軸三国の構図の結果として理解してきた。しかし、今日の動きを見ると、それだけではすり抜けていく多くの問題があることも確かなのだ。

 ウクライナ侵攻で、徹底抗戦でなく降伏も選択肢とする意見がメディアで語られた。日本の戦争末期を念頭に置いていた。しかし、いうまでもなく外敵に支配された経験を持たない日本(GHQの7年を例外とすれば)と、絶えず外敵の脅威にさらされたヨーロッパの小国とは、大きく事情が異なる。
 そこで例に出されるのが、フィンランドとバルト三国の場合である。フィンランドはソ連の無理筋の領土交換要求を拒み二度、過酷な戦争をした。勝利とはいかなかったが、結果としてソ連支配を免れた。バルト三国は駐留ソ連軍を守るという名目での侵攻(ウクライナと同じ手口)に白旗を上げ、以降ソ連とドイツの支配を許した。こうしたことも歴史を追う中で確認できる。
 ウクライナ難民を200万人以上受け入れたポーランドの動きは、周辺国でも際立つ。なぜこれほど人道支援に熱心なのか。カギは、ソ連によって受けた傷の深さにある。象徴的な事例は「カティンの森事件」とワルシャワ蜂起の際のソ連軍の対応にある。
 ソ連領西部のカティンの森近くで1943年、4000体以上のポーランド将校の遺体が発見された(後に他地域も含め2万2000体に)。ソ連は侵攻してきたナチスドイツの犯行と主張したが1990年、ゴルバチョフ大統領がグラスノスチ(情報公開)の一環で内務人民委員部(秘密警察)ベリヤ長官によると公式に認めた。
 1944年、ポーランド国内軍が蜂起したが、作戦の失敗もあり形勢は思わしくなかった。ワルシャワ郊外にはソ連軍が接近していたが支援に動かず、友軍と思い近づいて逮捕、銃殺された兵士もいたという。スターリンは、国内軍によってではなくソ連軍によってポーランドは解放された、というかたちをとりたかったのだ。戦後ポーランドは、スターリンの思惑通りソ連の衛星国となった。この時のポーランドの暗鬱な船出を描いたのが、アンジェイ・ワイダ監督の「灰とダイヤモンド」である。ワイダ監督は父親をカティンの森事件で亡くしている。
 こうした史実があるからこそポーランドは、ロシアに蹂躙された人々への支援に動くのだろう。
 第二次大戦では、チェコスロヴァキアも複雑な運命に翻弄された。ヒトラーの手で1938年、ズデーデン地方のドイツへの割譲が行われ、翌年にはチェコの残る部分がドイツに編入、スロヴァキアは保護国として存続を許された。多くの軍人が亡命、義勇軍として連合国側に加わった。ドイツがフランスと戦闘状態に入ると、チェコスロヴァキア人は敵味方に分かれて戦う事態になった。抑圧的な統治に反発した反ドイツ勢力は1942年、事実上の権力者であるハインリヒ副総統を暗殺【注】、ドイツは報復としてリディツェ村民の虐殺を行った。戦争が引き起こした悲惨な事例である。

 このほか、チトーという稀有な指導者を得て国家を成立させたユーゴスラヴィア(この国名は南のスラブ人を意味することを、この書で知った)が、チトー亡き後凄惨な内戦に突入したこと、背後にはパズルのように民族と宗教が入り組み、第二次大戦で連合国、ナチスドイツどちらにつくかで互いの憎悪をたぎらせたという、これまた複雑な経緯があることもあらためて知らされた。ヨーロッパの古層を一枚一枚はがしていく思いにさせられた一冊。
 朝日新書、980円(税別)。

【注】この事件をめぐっては「HHH プラハ1942年」(ローラン・ビネ著)という面白い一冊がある。


第二次世界大戦秘史 周辺国から解く 独ソ英仏の知られざる暗闘 (朝日新書)

第二次世界大戦秘史 周辺国から解く 独ソ英仏の知られざる暗闘 (朝日新書)

  • 作者: 山崎 雅弘
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2022/02/10
  • メディア: Kindle版

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人生模様を切り取った三篇~映画「偶然と想像」 [映画時評]

人生模様を切り取った三篇~映画「偶然と想像」


 濱口竜介監督の前作「ドライブ・マイ・カー」で、主人公の家福悠介(西島秀俊)がある事情でチェホフの戯曲を自身演じるかどうか判断を迫られ、チェホフは人生模様を深くセリフに落とし込んでいるので演じることは自分を傷つけることになる、と躊躇する場面があった。チェホフほどではないかもしれないが「偶然と想像」は、人生の様々なシーンを一つ一つのセリフにどう切り取って見せるかに、濱口監督が全力を注いだ作品であろう。

 三部からなる。共通のワードはタイトルにもある「偶然」。たまさかの巡り合わせに翻弄された人生を切り取った。
 第一話「魔法(よりもっと不確か)」。モデルの芽衣子(古川琴音)は、ヘアメイクのつぐみ(玄理)から、ある男性に強い関心を持っていることを聞かされる。男性も「魔法のような出会い」といっているという。細かく聞くうち、その男性が誰か芽衣子は気づいてしまう。
 つぐみをタクシーから降ろした後、芽衣子はあるオフィスに向かう。そこにはかつて付き合った男性(中島歩)がいた。つぐみがいう男性は彼のことだった(第一の偶然)。深夜のオフィスで芽衣子と男性の、腹の内を探りあう不思議な会話が始まる。
 つぐみと芽衣子が喫茶店で会話をしていると、通りをその男性が通りかかる(第二の偶然)。三人の関係を知らないつぐみは男性を呼び寄せる…。
 第二話「扉は開けたままで」。佐々木(甲斐翔真)は単位不足で卒業がままならない。瀬川教授(渋川清彦)に土下座までするが聞き入れられず、テレビ局の内定もフイにした。瀬川教授が芥川賞を受賞したニュースが流れると、復讐心に燃える佐々木は恋人(というかセックスフレンド)の奈緒(森郁月)にハニートラップを仕掛けるよう頼む。
 研究室を訪れた奈緒は、教授の小説のある部分にとても興味があるといい、朗読を始める。そこにはセクシャルというかポルノに近い場面が描かれていた。扉を閉めて誘惑する奈緒と、開けたままにしようとする教授との間で小さな攻防がある。なんとか密室化を避けた教授は、奈緒が録音していたことを明かすと(教授の反応を物証にしようとしたのだろう)、なぜか関心を示した。奈緒は後で、メールで送ることを約束する。自宅で送信の準備をしていると、帰宅した夫が「佐川の不在票が入っていた」という(ここで佐々木と奈緒の関係は不倫と分かる)。つられて奈緒は「segawa@」ではなく「sagawa@」と打ち込んでしまう(偶然)。
 5年後、バスで偶然会った奈緒と佐々木は、あの時の誤送信がもたらした人生の明暗を再確認する。
 第三話「もう一度」。夏子(占部房子)は、20年ぶりに故郷の高校の同窓会に出た。ある同級生に会いたかったためだ。再会を果たせず東京への帰途、ある女性あや(河井青葉)に出会う。お互い高校の同級生と思い、あやは夏子を自宅へと誘った。
 話しているうち、お互いが思っていた相手ではなかったことが分かる。つまり、赤の他人同士だった。しかし二人は対話を続けた。相手を、思っていた相手だとして振る舞うことにしたのだ。
 二人はかつて抱いた青春の秘密を打ち明けあった。そのことにすがすがしさを覚えた二人は、別れの時を迎えても別れがたい気持ちでいた…。

 水彩画で描いたような人生の短編三作である。好みはあるだろうが、私が気に入っているのは「もう一度」。偶然が成立させたある対話が、想像力の翼を得て人の心を救うことにもなる、という濱口監督らしい切り口である。「偶然と想像」のタイトルも、この第三話が最もふさわしいように思う。
 2021年、日本。

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文化と青春の薫りがする~濫読日記 [濫読日記]

文化と青春の薫りがする~濫読日記


「聖子 新宿の文壇BAR「風紋」の女主人」(森まゆみ著)

 2月下旬、新聞に小さな死亡記事が出た。林聖子さん。93歳。文壇バー「風紋」元店主。作家、映画監督らが足を運んだという。太宰治の小説のモデルにもなった。どのようにして「文壇バー」なるものの店主になったのか。どのような人生を生き、店にはどんな人々が集まったのか。誰しも関心を持つところだ。おそらく同じ思いだった森まゆみが本人と周辺からの聞き語りとしてまとめた。

 帯に「『風紋』に集まった人々」の一覧がある。文壇バーというとおり、大御所あり、無頼派作家あり、詩人あり、思想家あり、先鋭的な映画監督あり。陳腐な表現だが「綺羅星のごとく」である。時代の息吹を感じさせる人たちは、「風紋」のどこに魅力を感じて集まったのだろう。
 彼女が放つ何か、それを探るために森はまず出自に目を向ける。父の倭衛はアナキスト大杉栄にシンパシーを抱く画家だった。大逆事件で刑死した菅野スガの慰霊祭を取材した森は、その後の流れで聖子の店へ出向いた。それが、この本を書くきっかけになった。1990年代のことである。
 倭衛は1919年に大杉をモデルにした「出獄の日のO氏」を二科展に出し、警視庁から撤回命令を出される。2年後、フランスに渡った。翌年、大杉がパリに現れる。二人の「乱痴気騒ぎ」がしばらく続いた。1923年、パリのメーデーで演説した大杉は逮捕、「好ましからざる人物」として国外追放される。その年の秋に関東大震災が起き、大杉は伊藤野枝とともに殺害される。倭衛は「あのとき逮捕されていなければ日本にはいなかっただろう」と日記に書いた。やがてイヴォンヌと知り合うが日本には連れ帰らず、津山から上京した画学生・秋田富子と結婚した。
 40代初めの倭衛の写真が掲載されている。和服姿でひげを生やし、細面でなかなかの顔立ち。表紙にある聖子も、父に似て細面の美人である。倭衛は結婚して2年後、聖子が生まれた時にはフランスにいた。病弱の母は結核療養所に出たり入ったり、父は愛人の博多芸者のもとに入りびたり。火の車状態で父は病死した。何もない状態で聖子の戦後が始まった。17歳だった。
 太宰治とは、母のアパートで出会った。母が体調のよいとき勤めていたカフェの客だった。1941年、13歳だった。

 ――終戦の翌年の11月初め、私は三鷹駅前の書店で、太宰さんとばったり会ったんです。(略)「聖子ちゃん?無事だったのか。よかった、よかった」と、昔のままで全然変わっていなかった。
 ――そこに載っていた「メリイクリスマス」では私が主人公のモデルで、母親が広島の空襲で亡くなった孤児ということになっています。(略)これを読むと、ずっと昔の自分に出会うことができます。(130-131P)

 太宰の紹介で、翌年春から新潮社で働いた。1948年、太宰は山崎富江と心中。聖子は玉川上水の心中現場に立ち会った。筑摩書房に勤めを変え、4軒のバー勤めをへて最初の「風紋」を始めた。1961年のこと。それまでに同棲男性の死があり、演劇を学んだりもした。開店4年目から最後まで手伝ってくれた女性・節子は後にイラストレーター林静一と結婚した。

 壇一雄、勅使河原宏、大島渚…。酔って店の階段から転落し、病院に担ぎ込まれた竹内好。第3「風紋」まで、客筋は実に多彩だ。カウンターの内側から見た愛すべき横顔は、いずれも文化と青春の薫りがする。おそらくは店主の持っている「何か」が引き付けたのだろう。
 亜紀書房、1800円(税別)。

聖子——新宿の文壇BAR「風紋」の女主人聖子——新宿の文壇BAR「風紋」の女主人

作者: 森 まゆみ
出版社/メーカー: 亜紀書房
発売日: 2021/10/23
メディア: 単行本



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独立不羈の民を滅ぼすな~ウクライナ情勢 [社会時評]

独立不羈の民を滅ぼすな~ウクライナ情勢


「プラハ」や「ハンガリー」を想起
A ロシア軍がウクライナに侵攻したのが2月24日。きょうで5日がたつ。専門家は、軍事力に圧倒的に差があり1日か2日で首都は制圧されると見ていた。しかし、ロシア側の思惑通りに行かず、ウクライナ国内で制圧した都市は一つもない。今の状況をどう見るか。
B ロシアの行動は明らかな暴挙だが、見ていて思い出したのは、ハンガリー動乱やプラハの春でのワルシャワ条約軍の動きだ。あの時は戦車部隊が出動しただけで動乱や民主化の動きは止まった。もちろん表面的にだが。プーチン大統領が想定したのは、それと同じ結果だったのではないか。散発的な戦闘はあるかもしれないがすぐ収まる、と。ところがそうはならなかった。
C これほどあからさまな侵略行為は、第二次大戦の始まりとなったナチスドイツの電撃作戦以来ではないか。プーチンはウクライナをネオナチ政権と非難するが、その言葉はそのまま本人に返さなければならない。ただ、短慮で視野は狭く、それが誤算につながっている。兵站作戦を全く組んでいなかったとも伝わり、その辺も誤算を裏付けている。
A ロシアの狙いは何か。
B 当初から言われているが、ウクライナが民主化され西欧化されていくのが気に入らないのではないか。そこで、NATO加盟を公然といい始めたゼレンスキー政権を転覆させ傀儡政権を作ろうとした。ウクライナがそうした狙い通りになるかどうかもだが、その後に何を狙っているかも気になる。
C バルト三国が次の侵攻の対象では、ともいわれる。西隣にはカリーニングラートというロシアの飛び地があり、重要な役割を果たしそうだ。バルト海に面した港町で、プーチン夫人(現在は離婚)の出身地でもあることから一時は経済発展が進んだ。
B バルト三国はいまNATOに加盟している。簡単には手が出せまい。
A たとえ巧妙に傀儡政権を作ったとしても、ウクライナ国民はもう二度とロシアに服従しないだろう。その意味でもプーチンの戦略は破綻している。

帝国主義のやり方そのもの
A ロシアを見て想起されるのはアジア・太平洋戦争での日本のやり口だ。朝鮮民族が望んだことにして朝鮮半島を併合し(今でもこの説を唱える右寄りの人もいる)、後背地に満洲を建国、傀儡政権を置いた。ロシアはこれと同じことをまずクリミア半島でやり、隣接するウクライナ東部2州でロシア系住民が虐殺されているとデマを流して自衛のためと称しウクライナに攻め込んだ。日本は満洲事変の際、柳条湖事件(1931年)という大掛かりな爆破テロをでっち上げたが、それに類するのが東部2州での住民虐殺というデマだった。
B アジア・太平洋戦争との類推でいえば、当時の日本は朝鮮民族や中国大陸の人々を「他者」と見ていなかった。つまり、Aに対するBではなくAダッシュである、という認識だった。そこから、独立でなく服従すべき存在であるとの発想が出てきた。これはプーチンが言っているロシアとウクライナは同じ民族、という発想と同じ。そのうえでウクライナはまともな国家は作れないからロシアに服従すべき、といっている。
C ウクライナを力で属国にしようとするやり方は、第一次大戦や第二次大戦のころの帝国主義のそれだ。歴史を100年前に戻そうとしている。それに対して米欧は有効な手段が打てないでいる。
B プーチンは、核のボタンを片手に隣国を蹂躙している。ダイナマイトを手に銀行強盗を働いているのと大差ない。最近読んだ「戦争の文化」でジョン・ダワーは、非戦闘員である市民を人質にとる原爆こそテロ行為だと強調しているが、核で脅しながら住民を殺害するプーチンのやり方もまた、テロ行為そのものだ。

一帯一路構想にも影響
A 誰が見ても正当化できないプーチンのやり方に、ロシア国民はどう反応するだろうか。既に国内ではデモが散発的にではあるが起きていて、数千人が拘束されている。社会主義ソ連の時代には考えられなかった。
B SWIFTからロシア主要銀行を排除する金融制裁が発動される。これがどの程度きいてくるか。プーチンも対応は考えているだろうが、それでもルーブルが暴落し、インフレが国民を襲うことは目に見えている。そんな中で4000とも5000ともいわれるロシア兵の棺が戦場から帰ってきたとき、国民は何を思うか。情報操作だけで乗り切れるのか。
A ロシア革命の前段となった戦艦ポチョムキンの叛乱(1905年)というのがあった。舞台は黒海。エイゼンシュテインが映画化し、乳母車が転げ落ちる有名な虐殺シーン「オデッサの階段」があった。発端は粗末な艦内の食事だった。いま、ロシア国民は叛乱の鉾先をクレムリン、それもプーチンに向けるべきだ。
C 中国がどう動くかだが、さすがに一蓮托生とは考えないのでは。一帯一路構想では、ウクライナは欧州とアジアを結ぶ重要な役割を担う。ロシアをとってウクライナを斬るという判断をすれば構想はとん挫しかねない。中国は微妙な立場にある。
A ところで、3月4日から予定されているパラリンピックはやるのだろうか。さまざまなスポーツ大会がロシアでの開催を取りやめている。
B ウクライナ選手団は派遣が難しいとも、参加するともいわれ不透明だ。ロシア選手は、出れば世界からの批判にさらされる。ロシアとの対戦は嫌だという選手や、ロシアが参加するなら、とボイコットする国もあって不思議はない。逆にウクライナは、困難を乗り越えて参加すれば、これ以上ない政治効果を生む。いくらスポーツと政治は別、といっても、さすがにこれは切り離すのはむつかしいのでは。国際パラリンピック委員会の見識が問われる。

ロシアに流れる「力への信仰」
A プーチンの今回の行動の原点には、1989年のベルリンの壁崩壊に立ち会ったことがあるといわれる。民衆が自由を求めて立ち上がり、無政府状態に陥った時の恐怖体験がPTSDとしてあるのではないか、という。
B その体験を単なる恐怖体験としてではなく、なぜ民衆は立ち上がったのか、ウソの体制によって抑圧された民衆の怒りが爆発した、という視点がプーチンにはない。
C 無政府状態に陥らないためには、力で民衆を抑え込むしかない、抑え込めば民衆はついてくる、という思想。「力」への信仰。これがプーチン思想の核心だろう。振り返ってみればロシアという国は力への信仰で貫かれてきた。イワン雷帝、ピョートル大帝、そしてレーニン、スターリン。みんな力への信仰者だった。ウクライナはそうではなかった。武装した農民をルーツとするコサック、ナチスドイツやソ連と戦ったパルチザン。独立不羈の精神を持った草原の民族だった。それだけに、ロシアのような大国への道を歩まなかった。こうした国を、力への信仰者をトップに置く国の属国にしてはいけない。
A あらためて、ウクライナの国旗はいい国旗だなと思う。上半分が青で下が黄色。空と、小麦が実る麦畑を表すという。
B あの国旗を見ると映画「ひまわり」を思い出す。青空の下、揺れるヒマワリ畑。あのヒマワリは、第二次大戦で最も凄惨といわれた独ソ戦で亡くなった多くの兵士の魂だといわれる。そういえば、侵攻してきたロシア兵に「ヒマワリの種をポケットに入れて死んでしまえ」と詰め寄ったおばあさんの動画を見た。多くの兵士の屍の上にヒマワリのように咲いたウクライナの平和が戦車によって蹂躙されるのを見るのは悲しい。
(データは3月1日現在)


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