独立不羈の民を滅ぼすな~ウクライナ情勢 [社会時評]
独立不羈の民を滅ぼすな~ウクライナ情勢
「プラハ」や「ハンガリー」を想起
A ロシア軍がウクライナに侵攻したのが2月24日。きょうで5日がたつ。専門家は、軍事力に圧倒的に差があり1日か2日で首都は制圧されると見ていた。しかし、ロシア側の思惑通りに行かず、ウクライナ国内で制圧した都市は一つもない。今の状況をどう見るか。
B ロシアの行動は明らかな暴挙だが、見ていて思い出したのは、ハンガリー動乱やプラハの春でのワルシャワ条約軍の動きだ。あの時は戦車部隊が出動しただけで動乱や民主化の動きは止まった。もちろん表面的にだが。プーチン大統領が想定したのは、それと同じ結果だったのではないか。散発的な戦闘はあるかもしれないがすぐ収まる、と。ところがそうはならなかった。
C これほどあからさまな侵略行為は、第二次大戦の始まりとなったナチスドイツの電撃作戦以来ではないか。プーチンはウクライナをネオナチ政権と非難するが、その言葉はそのまま本人に返さなければならない。ただ、短慮で視野は狭く、それが誤算につながっている。兵站作戦を全く組んでいなかったとも伝わり、その辺も誤算を裏付けている。
A ロシアの狙いは何か。
B 当初から言われているが、ウクライナが民主化され西欧化されていくのが気に入らないのではないか。そこで、NATO加盟を公然といい始めたゼレンスキー政権を転覆させ傀儡政権を作ろうとした。ウクライナがそうした狙い通りになるかどうかもだが、その後に何を狙っているかも気になる。
C バルト三国が次の侵攻の対象では、ともいわれる。西隣にはカリーニングラートというロシアの飛び地があり、重要な役割を果たしそうだ。バルト海に面した港町で、プーチン夫人(現在は離婚)の出身地でもあることから一時は経済発展が進んだ。
B バルト三国はいまNATOに加盟している。簡単には手が出せまい。
A たとえ巧妙に傀儡政権を作ったとしても、ウクライナ国民はもう二度とロシアに服従しないだろう。その意味でもプーチンの戦略は破綻している。
帝国主義のやり方そのもの
A ロシアを見て想起されるのはアジア・太平洋戦争での日本のやり口だ。朝鮮民族が望んだことにして朝鮮半島を併合し(今でもこの説を唱える右寄りの人もいる)、後背地に満洲を建国、傀儡政権を置いた。ロシアはこれと同じことをまずクリミア半島でやり、隣接するウクライナ東部2州でロシア系住民が虐殺されているとデマを流して自衛のためと称しウクライナに攻め込んだ。日本は満洲事変の際、柳条湖事件(1931年)という大掛かりな爆破テロをでっち上げたが、それに類するのが東部2州での住民虐殺というデマだった。
B アジア・太平洋戦争との類推でいえば、当時の日本は朝鮮民族や中国大陸の人々を「他者」と見ていなかった。つまり、Aに対するBではなくAダッシュである、という認識だった。そこから、独立でなく服従すべき存在であるとの発想が出てきた。これはプーチンが言っているロシアとウクライナは同じ民族、という発想と同じ。そのうえでウクライナはまともな国家は作れないからロシアに服従すべき、といっている。
C ウクライナを力で属国にしようとするやり方は、第一次大戦や第二次大戦のころの帝国主義のそれだ。歴史を100年前に戻そうとしている。それに対して米欧は有効な手段が打てないでいる。
B プーチンは、核のボタンを片手に隣国を蹂躙している。ダイナマイトを手に銀行強盗を働いているのと大差ない。最近読んだ「戦争の文化」でジョン・ダワーは、非戦闘員である市民を人質にとる原爆こそテロ行為だと強調しているが、核で脅しながら住民を殺害するプーチンのやり方もまた、テロ行為そのものだ。
一帯一路構想にも影響
A 誰が見ても正当化できないプーチンのやり方に、ロシア国民はどう反応するだろうか。既に国内ではデモが散発的にではあるが起きていて、数千人が拘束されている。社会主義ソ連の時代には考えられなかった。
B SWIFTからロシア主要銀行を排除する金融制裁が発動される。これがどの程度きいてくるか。プーチンも対応は考えているだろうが、それでもルーブルが暴落し、インフレが国民を襲うことは目に見えている。そんな中で4000とも5000ともいわれるロシア兵の棺が戦場から帰ってきたとき、国民は何を思うか。情報操作だけで乗り切れるのか。
A ロシア革命の前段となった戦艦ポチョムキンの叛乱(1905年)というのがあった。舞台は黒海。エイゼンシュテインが映画化し、乳母車が転げ落ちる有名な虐殺シーン「オデッサの階段」があった。発端は粗末な艦内の食事だった。いま、ロシア国民は叛乱の鉾先をクレムリン、それもプーチンに向けるべきだ。
C 中国がどう動くかだが、さすがに一蓮托生とは考えないのでは。一帯一路構想では、ウクライナは欧州とアジアを結ぶ重要な役割を担う。ロシアをとってウクライナを斬るという判断をすれば構想はとん挫しかねない。中国は微妙な立場にある。
A ところで、3月4日から予定されているパラリンピックはやるのだろうか。さまざまなスポーツ大会がロシアでの開催を取りやめている。
B ウクライナ選手団は派遣が難しいとも、参加するともいわれ不透明だ。ロシア選手は、出れば世界からの批判にさらされる。ロシアとの対戦は嫌だという選手や、ロシアが参加するなら、とボイコットする国もあって不思議はない。逆にウクライナは、困難を乗り越えて参加すれば、これ以上ない政治効果を生む。いくらスポーツと政治は別、といっても、さすがにこれは切り離すのはむつかしいのでは。国際パラリンピック委員会の見識が問われる。
ロシアに流れる「力への信仰」
A プーチンの今回の行動の原点には、1989年のベルリンの壁崩壊に立ち会ったことがあるといわれる。民衆が自由を求めて立ち上がり、無政府状態に陥った時の恐怖体験がPTSDとしてあるのではないか、という。
B その体験を単なる恐怖体験としてではなく、なぜ民衆は立ち上がったのか、ウソの体制によって抑圧された民衆の怒りが爆発した、という視点がプーチンにはない。
C 無政府状態に陥らないためには、力で民衆を抑え込むしかない、抑え込めば民衆はついてくる、という思想。「力」への信仰。これがプーチン思想の核心だろう。振り返ってみればロシアという国は力への信仰で貫かれてきた。イワン雷帝、ピョートル大帝、そしてレーニン、スターリン。みんな力への信仰者だった。ウクライナはそうではなかった。武装した農民をルーツとするコサック、ナチスドイツやソ連と戦ったパルチザン。独立不羈の精神を持った草原の民族だった。それだけに、ロシアのような大国への道を歩まなかった。こうした国を、力への信仰者をトップに置く国の属国にしてはいけない。
A あらためて、ウクライナの国旗はいい国旗だなと思う。上半分が青で下が黄色。空と、小麦が実る麦畑を表すという。
B あの国旗を見ると映画「ひまわり」を思い出す。青空の下、揺れるヒマワリ畑。あのヒマワリは、第二次大戦で最も凄惨といわれた独ソ戦で亡くなった多くの兵士の魂だといわれる。そういえば、侵攻してきたロシア兵に「ヒマワリの種をポケットに入れて死んでしまえ」と詰め寄ったおばあさんの動画を見た。多くの兵士の屍の上にヒマワリのように咲いたウクライナの平和が戦車によって蹂躙されるのを見るのは悲しい。
(データは3月1日現在)
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