SSブログ

ヨーロッパの古層をはがす~濫読日記 [濫読日記]

ヨーロッパの古層をはがす~濫読日記


「第二次世界大戦秘史 周辺国から解く独ソ英仏の知られざる暗闘」(山崎雅弘著)


 ロシアのウクライナ侵攻が世界を揺るがしている。問われているのは、第二次大戦後に生まれソ連崩壊とともに膨張したNATO体制である。戦後ヨーロッパはどのようにして東西に分かれたのか。なぜ東欧圏の多くはソ連崩壊後のロシアにではなくNATOの側に付いたのか。ウクライナ危機の背景にあるそうした問題を解く手がかりの一つに、この「第二次大戦秘史」はなるだろう。
 私たちは、現代史の大きな流れを米ソ英仏+中国対日独伊枢軸三国の構図の結果として理解してきた。しかし、今日の動きを見ると、それだけではすり抜けていく多くの問題があることも確かなのだ。

 ウクライナ侵攻で、徹底抗戦でなく降伏も選択肢とする意見がメディアで語られた。日本の戦争末期を念頭に置いていた。しかし、いうまでもなく外敵に支配された経験を持たない日本(GHQの7年を例外とすれば)と、絶えず外敵の脅威にさらされたヨーロッパの小国とは、大きく事情が異なる。
 そこで例に出されるのが、フィンランドとバルト三国の場合である。フィンランドはソ連の無理筋の領土交換要求を拒み二度、過酷な戦争をした。勝利とはいかなかったが、結果としてソ連支配を免れた。バルト三国は駐留ソ連軍を守るという名目での侵攻(ウクライナと同じ手口)に白旗を上げ、以降ソ連とドイツの支配を許した。こうしたことも歴史を追う中で確認できる。
 ウクライナ難民を200万人以上受け入れたポーランドの動きは、周辺国でも際立つ。なぜこれほど人道支援に熱心なのか。カギは、ソ連によって受けた傷の深さにある。象徴的な事例は「カティンの森事件」とワルシャワ蜂起の際のソ連軍の対応にある。
 ソ連領西部のカティンの森近くで1943年、4000体以上のポーランド将校の遺体が発見された(後に他地域も含め2万2000体に)。ソ連は侵攻してきたナチスドイツの犯行と主張したが1990年、ゴルバチョフ大統領がグラスノスチ(情報公開)の一環で内務人民委員部(秘密警察)ベリヤ長官によると公式に認めた。
 1944年、ポーランド国内軍が蜂起したが、作戦の失敗もあり形勢は思わしくなかった。ワルシャワ郊外にはソ連軍が接近していたが支援に動かず、友軍と思い近づいて逮捕、銃殺された兵士もいたという。スターリンは、国内軍によってではなくソ連軍によってポーランドは解放された、というかたちをとりたかったのだ。戦後ポーランドは、スターリンの思惑通りソ連の衛星国となった。この時のポーランドの暗鬱な船出を描いたのが、アンジェイ・ワイダ監督の「灰とダイヤモンド」である。ワイダ監督は父親をカティンの森事件で亡くしている。
 こうした史実があるからこそポーランドは、ロシアに蹂躙された人々への支援に動くのだろう。
 第二次大戦では、チェコスロヴァキアも複雑な運命に翻弄された。ヒトラーの手で1938年、ズデーデン地方のドイツへの割譲が行われ、翌年にはチェコの残る部分がドイツに編入、スロヴァキアは保護国として存続を許された。多くの軍人が亡命、義勇軍として連合国側に加わった。ドイツがフランスと戦闘状態に入ると、チェコスロヴァキア人は敵味方に分かれて戦う事態になった。抑圧的な統治に反発した反ドイツ勢力は1942年、事実上の権力者であるハインリヒ副総統を暗殺【注】、ドイツは報復としてリディツェ村民の虐殺を行った。戦争が引き起こした悲惨な事例である。

 このほか、チトーという稀有な指導者を得て国家を成立させたユーゴスラヴィア(この国名は南のスラブ人を意味することを、この書で知った)が、チトー亡き後凄惨な内戦に突入したこと、背後にはパズルのように民族と宗教が入り組み、第二次大戦で連合国、ナチスドイツどちらにつくかで互いの憎悪をたぎらせたという、これまた複雑な経緯があることもあらためて知らされた。ヨーロッパの古層を一枚一枚はがしていく思いにさせられた一冊。
 朝日新書、980円(税別)。

【注】この事件をめぐっては「HHH プラハ1942年」(ローラン・ビネ著)という面白い一冊がある。


第二次世界大戦秘史 周辺国から解く 独ソ英仏の知られざる暗闘 (朝日新書)

第二次世界大戦秘史 周辺国から解く 独ソ英仏の知られざる暗闘 (朝日新書)

  • 作者: 山崎 雅弘
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2022/02/10
  • メディア: Kindle版

nice!(0)  コメント(1)