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風土とミステリーの組み合わせが絶妙~映画「渇きと偽り」 [映画時評]

風土とミステリーの組み合わせが
絶妙~映画「渇きと偽り」


 日本的風土をうまく使ったミステリーなら横溝正史が頭に浮かぶが、これは乾いた風土を巧妙に取り入れた豪州の映画である。ずばり原題は「THE DRY」。

 メルボルンで連邦警察官を勤めるアーロン・フォーク(エリック・バナ)に故郷の村から電話がかかってきた。旧友のルーク(マーティン・ウォール)が妻カレン(ロザンナ・ロックハート)と息子を銃で殺害、自殺するという一家無理心中を起こしたという。幸い、乳児一人が生き残った。しかし、フォークは帰郷に気が進まなかった。村にいる頃、女友達エリーが水死、未解決のままだったからだ。彼女がフォークによる走り書きのメモを持っていたため、フォークも疑惑の目で見られていた。
 それでも村に戻ったフォークは葬儀出席の傍ら聞き込みをしたところ、ほとんどがルークの無理心中説を否定した。だれかが嘘をついている―。そんな思いで捜査に乗り出したが、一方で彼自身かつての水死事件で嘘をついているのでは、と厳しい視線が投げかけられた。

 乾いた大地に容赦なく降り注ぐ太陽。10年続く干ばつ。ひび割れた地面は共同体の中の人間関係を象徴するようだ。ストーリーと映像が相乗的に絡まっていく。20年の時を隔てた二つの事件も、容疑者が分からないまま二本の糸を絡ませていく。

 ルークの「一家心中」は、思わぬところで解決の糸口が見え始めた。
 妻カレンが死の直前に書き残した「Grant」がカギだった。フォークは当初、水死したエリーの弟グラント(彼は当然ながらフォークに疑惑の目を向けていた)を疑ったが、その後、カレンが7万㌦の教育補助金(Grant)申請を考えていたことが、彼女の残した書類から明らかになった。そこから、一家心中を偽装した意外な人物が浮上した…。


 一家心中の嘘を暴いたフォークは、エリーの水死現場を訪れた。そこで、岩の間に挟まった遺品を発見する(こんな筋立ては多雨多湿の日本では考えられないが)。出てきた彼女の日記には父親との関係と苦悩が赤裸々に描かれていた…。

 2020年製作。監督ロバート・コノリー。原作者ジェイン・ハーパーはイギリス生まれ。ジャーナリストを経て作家。第一作の本作でミステリーの頂点ともいえる英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー受賞。メルボルン在住。続編『Force of Nature』(原作「潤みと翳り」ハヤカワ文庫刊)の撮影が開始されたという。


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無常の時の流れと小さな幸せ~映画「川っぺりムコリッタ」 [映画時評]

無常の時の流れと小さな幸せ~
映画「川っぺりムコリッタ」


 奇妙なタイトルの意味も分からず観たのは松山ケンイチ、満島ひかりというキャストにひかれたからだった。監督の荻上直子は「かもめ食堂」や「めがね」でユニークな作風が話題になったのは知っていたが、残念ながら観ていない。

 まず、ムコリッタについて。牟呼栗多は仏教用語で、一昼夜の30分の1を一単位とする。したがって単純計算で約48分を指すが、物理的な計算だけでその概念は説明できないだろう。無常観を込めた時の流れといった意味が背景にあると考えられる。ちなみに「刹那」はムコリッタの最小単位とされる。
 川っぺりに立つ安アパート「ハイツムコリッタ」で展開するひと模様がテーマであるが、ここでは「川っぺり」も一定の意味を持つと考えられる。世間の「川っぺり」であるとともに現世の「川っぺり」であるようだ。登場人物がことごとく生と死の境界線、すなわち「川っぺり」を意識する存在として描かれている。
 無常の時の流れと生死の境界線の中で、人々はどう生きるべきか。

 前置きはこのぐらいにして、物語に踏み込んでみる。北陸のある町。刑務所を出た山田(松山ケンイチ)は、イカの塩辛工場で働き始める。父に捨てられ、母にも捨てられた結果、犯罪に走った山田は、できるだけ世間に背を向けて生きようとする。そんなおり、入居した「ハイツムコリッタ」の隣室には無遠慮な島田(ムロツヨシ)がいた。彼は山田の部屋に入り込み、炊き上げたご飯を平らげるのだった。おかずのイカの塩辛(山田が勤め先からもらってきた)にも遠慮なく手を出す。島田はアパート前の小さな庭に菜園を作っていた。季節ごとの野菜と炊き立ての白米。小さな幸せが、二人を包むようになった。
 アパートには、夫をがんで亡くし娘と暮らす大家の南(満島ひかり)や、息子を連れて墓石のセールスをする溝口(吉岡秀隆)がいた…。
 小さな幸せを手にしたかに見えた山田に、一本の電話がかかってきた。失跡していた父親が、孤独死状態で発見されたという。複雑な感情を抱きながら山田は遺骨を受け取り、部屋に安置した。

 一見するとミニマリズムやスローライフの思想に彩られた物語だが、コントラストは少し強めである。父の死を知った時の映像には大量のウジ虫が映し出され、島田が悪酔いして嘔吐するシーンも執拗だ。幸せの小道具であるイカの塩辛さえ、発酵=腐敗の色を持ち始める。一方で夫との思い出にふける南のあるシーンは、日本的な死生観とエロチシズムの融合を思わせる。そうした陰と陽、無常の時の流れの中で、小さな幸せを見出すことができるか。
 この映画では、その答えの一つとして、たとえ死と隣り合わせの刹那の時間を生きるにしても、炊き上げた飯とイカの塩辛があれば人は幸福な気分になれるものだ、と言っている(奥が深い)。

 南の提案で、山田は河原での散骨という父親の「葬式」を行う。夕暮れのシーン、テオ・アンゲロプロスを思い出させるいいシーンだ。ムロツヨシや吉岡秀隆らわき役陣が本来の自分の色を消して演技しているのが新鮮で好感が持てる。2021年、日本。


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ナチ政権前夜の純愛物語~映画「さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について」 [映画時評]

ナチ政権前夜の純愛物語~映画「さよなら、
ベルリン 
またはファビアンの選択について」


 ドレスデンからベルリンに出てきた作家志望の青年と、大学で法律を学びながら俳優を目指す女性が恋に落ちる。青年は夢破れ故郷に戻るが、映画の世界で成功の階段を上り始めた女性が忘れられず、やり直そうとする。思い出のカフェで落ち合うことを約束し、ベルリンへ向かう青年は、小さな出来事に巻き込まれて運命を狂わせる…。

 こんな純愛ドラマが骨格である。しかし、時代は1931年8月。世界は大不況時代に突入し、街頭には失業者があふれ、ナチスが勢力を拡大していた【注1】。不安と退廃と狂騒が物語のフレームを形成する。

 ファビアン(トム・シリング)は広告代理店に勤めていた。数少ない友人のひとりラブーデ(アルブレヒト・シューフ)と飲み歩くうち、ある居酒屋でコルネリア(ザスキア・ローゼンダール)と出会う。彼女は大学で著作権法を学びながら俳優になる手がかりを求めていた。二人はたちまち恋に落ちた。
 しかし、不況を理由にファビアンは解雇される。わずかな退職金でファビアンが買ったのは、コルネリアのためのワンピースだった。そんな折り、田舎から出てきた母(ペトラ・カルクチュケ)を連れファビアンとコルネリアはレストランに赴いた。


 そこで出会ったのは大物映画監督マーカルトだった(このあたり、筋の運びがやや強引)。すかさず挨拶するコルネリア。ファビアンも紹介されたが母の元に戻った。翌日、映画関係者らの前でテストを受けるコルネリア。テストは合格だった。
 ラブーデはブルジョワの息子だった。社会主義運動に加担しつつ、ベルリン大学の教授を目指して論文を提出していた。テーマはレッシングだった【注2】。論文不採用の手紙が届き、銃で自殺してしまう。ファビアンが問いただすと、教授は却下などしていないという。実は助手の男の策略だった。ナチの党員で、ラブーデが社会主義運動家であったことから横やりを入れたのだった。
 失業したファビアンはコルネリアとも別れ、故郷へ帰るしかなかった。悶々とした毎日。コルネリアが忘れられず、居場所を探し当て懐かしいカフェで再会を約束する。ベルリンへ向かう彼は、あるシーンを目撃する。少年が橋の欄干から飛び込んだのだ。とっさに服を脱ぎ、川に飛び込む。しかし、彼は泳げなかった。少年は岸に泳ぎ着いたが、川面に彼の姿はなかった。カフェで待つコルネリアが着ていたのは、あのワンピースだった…。


 こんな純愛物語に、当時の時代の空気を漂わせるため、モンタージュ手法で実写シーンが頻繁にはめ込まれる。かなり騒々しい。その割に本筋の部分が説明不足に思える。評価は分かれそうだ。2021年、ドイツ。ドミニク・グラフ監督。原作はドイツの児童文学作家エーリッヒ・ケストナー。

【注1】「ヒトラーとナチ・ドイツ」(石田勇治著)の関連年表によると、ナチ党は翌32年の国会選挙で第一党に。331月にはヒトラー内閣が成立した。
【注2】レッシングはドイツ史上、ゴットホルト・E・レッシングとテオドール・レッシングが知られるが、テオドールは1931年当時、まだ存命だった。大学の学位論文の対象としては際物過ぎると思われる。ゴットホルト(1729-1781)は、フランス古典主義の付属物とみられていたドイツ文学の自律的価値を認めた人物。


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死の光景の中、生き抜いたボクサー~映画「アウシュビッツのチャンピオン」 [映画時評]

死の光景の中、生き抜いたボクサー
映画「アウシュビッツのチャンピオン」


 アウシュビッツ=ビルケナウ収容所に送り込まれた一人のボクサーが、ボクシングによって生き抜いた約3年間を描いた。
 絶滅収容所と呼ばれた施設では、人間のアイデンティティー(存在理由)そのものが認められなかった。一方でスポーツ、特に相手を倒すことに技術を特化させたボクシングは、倒すか倒されるか、人間のプライドを賭けた闘いであるといってもいい。両極にあるこの二つを一つの画面で見せることに、作品の特性があるといえる。
 そうした意図から、映画では「絶滅収容所とスポーツ」という両極の事実のほかは、可能な限り省かれている。例えば、登場するボクサー「テディ」は実在の人物といわれるが、彼がなぜアウシュビッツに送られたかの説明はない【注】。

 1940年、アウシュビッツに最初の囚人が送り込まれた。囚人番号77番「テディ」(ピョートル・グウォヴァツキ)を見て、所内にいた少年は驚いた。ワルシャワのボクシングチャンピオン、タデウシュ・“テディ”・ピエトシコフスキだった。所内で喧嘩をふっかけられたとき、彼は「霧のような男」と呼ばれた。繰り出すパンチが当たらないのだ。
 ナチ将校が、所内に娯楽の必要と彼にリングに上がることを求めた。断れば死が待っていると知ったボクサーは、要求に応じた。生きるためだった。

 リングの周辺には「死の光景」が広がっていた。脱走を口にしただけでいとも簡単に惨殺される人々。手を下すのはナチの兵隊ではなかった。「ゾンダーコマンド」と呼ばれた収容者の一部であろう。彼らもまた生きるためにナチに協力していた。
 「ガス室」の光景も、事実に近いかたちで描かれていると思えた。シャワーを浴びる名目で密室に送り込まれる列。ドアが閉められ、頭上から降り注ぐのは温水ではなくチクロンBだった。ただ、このとき阿鼻叫喚の光景が描かれるが、VE・フランクル「夜と霧」(みすず書房)は「内部から唸り声やすすり泣く声がもれるのを聞いた」という収容所高官の言葉を引用している(45P)。高官が事実を過少に表現したか、映画が過大に描いたか。

 いずれにせよ、こうした絶滅収容所=人間の存在理由の否定→広がる死の光景の状況下、ボクシングを唯一の手段として生き抜いたボクサーの対比に絞った手法は、それなりに成功している。2020年ポーランド。マチェイ・バルチェフスキ監督はホロコースト生存者の孫だという

【注】実在した「テディ」は非ユダヤ人で、国内レジスタンス軍に参加する過程で拘束されたようだ。絶滅収容所に送られたのはユダヤ人のほか心身に障害を持つ人、ロマ民族の人たちだったが、彼はいずれにも該当しないと思われる。反ナチ行動が収容所送りの理由と考えるのが妥当か。なお、ドイツ軍侵攻でポーランド軍は三つに分断された。一部はソ連に移送、一部は国内に残り抵抗(後にワルシャワ蜂起を決行)、一部はフランス経由で英国内の亡命政府に加わったとされる。 


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