単純でない戦争の構図~濫読日記 [濫読日記]
単純でない戦争の構図~濫読日記
「ウクライナ動乱 ソ連解体から露ウ戦争まで」(松里公孝著)
ロシアとウクライナの戦争は、どうやら膠着状態にあるようだ。この戦争、どんな出口が待っているのだろう。
日本人も、明治以降いくつかの戦争をくぐった。その中で、戦争を極めて単純な構図で見てきた。例えばアジア・太平洋戦争。四方を海と国境に囲まれた日本人という同胞(本当は単一の民族ではないが)がいて、言語も人種も違う相手と戦う。さすがにアジアに対しては人種的に似ているため「大東亜共栄圏」というプロパガンダ(これは現地=占領地域=の治安維持のため必要だったと天皇自身が弁明している)を展開、英米に対しては明らかに人種・言語とも違うので「鬼畜」という形容詞を平気で付けた。
ウクライナとロシアの場合。国家のアイデンティティが確立されたのはウクライナが20世紀初頭に中央ラーダ政府を樹立、やがてソ連に取り込まれるまでの短期間と、ソ連崩壊後。ロシアもソ連崩壊後である。ロシアについてややこしいのは、ソ連の正統な後継者という思い込みが指導部にあることだろう。ロシアはソ連ではないし、その前の帝国ロシアでもない。
こうした経緯により、ウクライナとロシアは大きな領土的問題を抱える。一つは、クリミア半島。黒海に臨む戦略的要衝は歴史上、占領した勢力の地政学的関心を集めた。ソ連崩壊後、クリミア・タタール【注】は独自の共同体組織を持った。もう一つはドンバス。石炭と鉄の産地で、かつてソ連の垂直的指導体制にあった。ソ連崩壊後、ウクライナ領とされた。
ソ連崩壊後、ウクライナは二つの大きな革命(動乱)を経験した。西欧志向、ロシア志向、自立志向(連邦志向)と、さまざまな運動体(政党)が生まれた。よって立つところ(アイデンティティ)はさまざま。そして、この二つの国ではロシア語がほぼ共通言語である。そこで行われる戦争を想像できるだろうか。乱暴な言い方をすれば、クリミアもドンバスも、戦争がはじまったころ、たまたまウクライナ領だったのである。
著者は巻末でこう書いている。
――今後、万一ロシアがザポリジャ州、へルソン州をウクライナに返さなかったとしても、それらが普通のロシア南部州になるとは思わない。それらはロシアの中のウクライナになるだろう。
10年にわたる戦火と流された血の代償は果てしなく大きい。
私たちの戦争体験からアナロジーされた侵略国ロシアと被侵略国ウクライナ、という構図に、大いなる疑問を抱かせる一冊。
ちくま新書、1300円(税別)。
著者には旧ソ連圏の政治体制を見た労作「ポスト社会主義の政治」がある。どちらも足で稼いだ著作だが、現実が未整理のまま放り出されている印象があり、読み下すのにエネルギーがいるのが難点。
【注】チンギス・ハンのモンゴル帝国が12世紀、キエフ・ルーシを征服。名残が「クリミア・タタール」である。「タタール」は韃靼民族のこと。チンギス・ハンの後裔がクリミア・ハン国を創設した。ロシアの歴史家がモンゴル支配を「タタールのくびき」と呼び、暗黒の時代としたが、納税さえすれば自治権は認められ、有力な交易地であったクリミアも直轄領となった(この部分「物語ウクライナの歴史」=中公新書から)。独自の自治組織は、これが引き継がれたと思われる(「ウクライナ動乱」はソ連崩壊後を描いており、こうしたくだりはない)。第二次大戦時、スターリンはクリミア・タタールにナチ協力の疑いをかけて中央アジアに強制移住させ、スラブ系民族を送った。スターリン批判を行ったフルシチョフが、ウクライナ領とした。
ウクライナ動乱 ――ソ連解体から露ウ戦争まで (ちくま新書)
- 作者: 松里公孝
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2023/07/06
- メディア: Kindle版