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日常の「怖さ」を描いて身につまされる~映画「英雄の証明」 [映画時評]

日常の「怖さ」を描いて身につまされる
~映画「英雄の証明」


  身につまされる話である。マスコミとSNSによって「善行」が世に広まり、いったんは英雄に祭り上げられるが、長くは続かない。「フェイクでは」との疑念が広まり、地獄へ叩き落される。私たちの身近で起こりそうな「怖い」話を映像にしたのは、イランの名匠アスガー・ファルハディ監督。

 ラヒム・ソルタニ(アミル・ジャルディ)は借りた金を返せず、刑務所にいる(説明はないが、おそらく詐欺罪)。休暇(刑期中に休暇があるとは。イラン独自の制度だろうか)で、借金返済の手立てを考えようとしていた。そんな折り、婚約者のファルコンデ(サハル・ゴルデュースト)が、バス停で金貨入りのカバンを拾ったという。質屋で鑑定してもらうと7000万トマン(日本円で210万円)ほどだという。いったんは借金(総額1億5000万トマン、日本円で450万円)の一部に充てようとするが、思い直してカバンの落とし主を探すことにした。
 カバンを拾ったあたりに張り紙をして連絡先は刑務所にした。女性から電話があり、カバンの中身などを確かめたうえで姉のリタに仲介してもらい、カバンは女性に戻った。
 連絡先を刑務所にしていたことでこの話は刑務所側の知るところとなり、イメージアップにと「美談」はマスコミに伝えられた。ストーリーをシンプルにするため拾い主はソルタニ自身とされた。莫大な借金を抱えていながら金貨をネコババせず、持ち主に返した正直者。伝え聞いたチャリティ協会がソルタニのため寄付を募り、就職先を斡旋するものまで現れた。寄付金で一部返済し、残りは働いて返すという計画を借主に示せば示談の道も開けるのではないか。そうなれば刑期を短縮できる…。

 ここから話は暗転する。就職先を訪れたソルタニは、人事担当者から金貨を返済したという証明を求められる。しかし、その女性と直接会ってはいない。かかってきた電話も本人のものではなく、露店の電話だった。SNSでは、借金を帳消しにするためのでっちあげでは、とするコメントが溢れた。ファルコンデをカバンの落とし主に仕立てて窮地を脱しようとするが、嘘はすぐばれてしまった。そうなると、すべてが信用されない事態になった。噂の出どころは別れた妻ではないかと疑ったソルタニは元妻のところへ向かう。そこにはカネの貸主である元妻の兄もいた。ののしり合いの末、つかみ合いのケンカとなり、その模様は動画に記録されSNSで流された。万事休すである。

 刑務所へ戻っていくソルタニ。入れ替わりに出ていく男がいた。表では出迎えの女性が一人。開け放しのドアの向こう、長方形のフレームの中の二人の動きが喜びを伝えていた。塀の内側、薄暗い片隅でうなだれるソルタニ。明暗が、ドラマの意味を余すところなく伝える。全編、緻密なせりふ回して作られた秀作。
 2021年、イラン・フランス合作。

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