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現代を生き延びるファシズム~濫読日記 [濫読日記]

現代を生き延びるファシズム~濫読日記

 

「ファシスト的公共性 総力戦体制のメディア学」(佐藤卓己著)

 

 サブタイトル「総力戦体制」とは、第1次大戦から米ソ冷戦終結までの約70年間を指す(英歴史家エリック・ホブズボームによれば「短い20世紀」)。第1次大戦は主として独ソが国家総動員体制を競った時代であり、米国参戦と第2次大戦、そして米ニューディール政策、米ソ冷戦へと続いた。この時代は、別の言い方をすればプロパガンダの時代であった。国家による宣伝と扇動によって大衆が動員された時代だった。

 世界史的には、貴族社会からブルジョワジーによる市民社会の時代へと変遷する中で、プロレタリアートの時代はあったものの、それらを包括した大衆動員の時代=ファシズムの時代は明確な位置づけがなされてこなかった。黙殺された、ともいえる。日本でも戦時の軍国主義から戦後の民主主義社会へと、二つは対置する概念として語られることが多かった。果たしてファシズムは軍国主義とイコールなのか。ファシズムは戦後を生き延びてはこなかったのか。この辺りに著者の問題意識がある。

 

 ――ファシズムを戦後民主主義の反措定とする限り、否定すべきファシズムを私たちは客観的に分析することができない。

 

 ファシズムは現代をなお生き延びている。厄介なことにファシズムは、かつてのように褐色の装いでもテロルを背景としたものでもなく、多国籍企業と手を結び、大きな政府を形成する「笑顔のファシズム」(バートラム・グロス)でさえある。最大の誤解は、ナチの運動もそうだが、ファシズム自体は反民主主義ではない。民主主義の手続きを踏み国家主義、民族主義を掲げる。ファシズムとはあくまで方法なのだ。ヒトラーは大衆に黙れ、従えと言ったのではなく、もっと怒れ、もっと叫べと言ったのである。

 著者の指摘によれば、いわゆる公共空間はブルジョワ的から市民的へと変遷したが、そこでファシスト的公共空間の分析はなされたことがない。したがって、ナチによるプロパガンダ=宣伝戦は否定の対象ではあっても分析の対象ではなかった。このことが、書のタイトルを「ファシスト的公共性」とした背景としてある。なお、書の骨格を理解するためあえていえば、ファシズムの定義の中には、ナチの運動とともにソ連型社会主義運動、そして米国ニューディール政策も入る。ニューディールをファシズムの中に取り込んだことで、戦中ナチスで活動、戦後米国に渡り、再びドイツに帰ったメディア学者の思想的源流をナチの運動に求めることも可能になった(ノエル=ノイマン論争「過去からの密輸」)。

 ファシズムの台頭にはラジオの存在が大きい。ラジオは、文書中心だった大衆扇動を、演説を直接耳に届けるという機能によってより広範に、効率的に変えた。しかも、その過程でインテリと大衆という壁さえも一気になくした。ここにヒトラーだけでなくレーニンもルーズベルトも着目したのである。その中で、最も大衆宣伝の技術に長け、米国の商業広告の手法まで取り入れたのがヒトラーだった。

 こうしたファシズム論は日本の戦時体制の考察にも用いられる。ナチの宣伝技術は米国のマスコミ論と鏡像であり、日本の動員体制のパラダイムでもあった。ここで、赤神崇弘の「電体主義」に着目しているのが興味深い(「全体主義から電体主義へ」)。ラジオの登場を指すが、定義は今一つ不明瞭である。とはいえ、ラジオが全体主義の創出に威力を持つと指摘しているのは明らかで、その後のテレビ、インターネット、SNSというメディアの進展と全体主義の関連を射程に収める概念かもしれない。

 日本では、総力戦を指揮した官僚、メディアの関係者は、戦後もそのまま生きのびた。したがって、戦後の高度経済成長を支えた総力戦体制も戦前、戦中を引き継いだといえる。佐藤の視野はそこまで伸びているが、残念ながら詳述はない。次回を期待したい。

 岩波書店、2600円(税別)。

 

ファシスト的公共性――総力戦体制のメディア学

ファシスト的公共性――総力戦体制のメディア学

  • 作者: 佐藤 卓己
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2018/04/05
  • メディア: 単行本

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戦禍の犠牲者はいつも弱者~映画「存在のない子供たち」 [映画時評]

戦禍の犠牲者はいつも弱者~

映画「存在のない子供たち」

 

 真っ先に戦禍の犠牲になるのは弱者、それも子供たちである。終戦直後の東京では路上や地下道に家も家族も失った子供たちが溢れた。沖縄戦では、ガマ(洞窟)の入り口で震える子供たちがいた。中東も例外ではない。終わることのない戦禍の最大の犠牲者は子供たちなのだ。ドキュメンタリー風の映像でそのことを正面から描いたのが「存在のない子供たち」である。主役の少年は訴える。「育てられないのなら生まないでくれ。僕らは地獄を生きている」と。

 ベイルートで暮らす12歳のゼイン(ゼイン・アル=ラフィア)は、地主を刺し殺し、罪に問われた。法廷で彼が訴えたのは、自分をこの世に生んだ両親の罪だった。

 ゼインには出生証明書がなかった。親が届けを出さなかったからだ。そのためまともな職に就けず、路上でいかがわしいものを売って暮らす日々を送っていた。ある日、エチオピア難民の子連れ女性ラヒル(ヨルダノス・シフェラウ)と出会う。彼女が働きに出た後、子の世話をするという約束で同居生活が始まった。しかし、ある日彼女は姿を消した。偽造した滞在許可証が期限切れになり、警察に捕まったためだ。

 ゼインは乳児を連れて必死に生きようとするがままならず、偶然出会った少女の話をヒントに国外脱出を計画。ブローカーに持ちかけるが身分証明書か出生証明書が必要だと告げられる。ゼインは自宅に戻り、必要な書類を出すよう求めるが「そんなものはない」と一蹴される。それどころか、11歳で地主と結婚?させられた妹サハル(シドラ・イザーム)が妊娠させられ、出産前に死んでしまったことを知る。

 怒りに燃えたゼインが殺人を犯し、法廷で「自分を生んだ罪」を両親に問うに至るのである。この裁判の過程で身分証を持たないゼインの実態が判明、彼はようやく身分証の顔写真を作る作業に臨み、最高の笑顔を見せる。

 監督はナディーン・ラバキー。レバノン出身でベイルートのストリートチルドレンの実態を熟知しているとされる。主役のゼイン(本名、役名同じ)も、シリアで生まれ内戦のため一家でレバノンに脱出。作中とほぼ同じ境遇に育ったといわれる。レバノン、フランス合作。

 

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日本の諜報機関の現在と未来~濫読日記 [濫読日記]

日本の諜報機関の現在と未来~濫読日記

 

「内閣情報調査室 公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い」(今井良著)

 

 戦後日本が他国から「スパイ天国」と言われて久しい。戦前・戦中への反省から、本格的な諜報機関を作らなかったためだ。そんな折り、官邸一強と呼ばれる政治状況の中、対北朝鮮外交で安倍晋三政権は「強硬」から「対話」へと路線転換した。米国、韓国の太陽政策をにらみ、バスに乗り遅れたくないからだった。しかし、道筋をつけるのはだれか。小泉純一郎首相の電撃訪問の影には田中均という外務官僚がいた。米国、韓国にはCIA、KCIAという諜報機関がある。そこで首相が指名したのは外務省ルートではなく検察出身の北村滋・内閣情報官だった。

 首相の信頼が厚いこの人物は内閣情報調査室、つまり官邸が抱える諜報組織の元締めである。何かにつけ見え隠れするこの内閣情報調査室(内調)。いったい何をするところか。秘密調査機関であるから、もちろん全容は容易に公にならない。かつて首相にべったりといわれたジャーナリストが女性記者への強姦容疑で逮捕寸前まで行ったとき、最終的に止めたのは北村情報官だったといわれる。天下の公道を、大手を振って歩ける仕事ばかりでもないのだ。

 その内調について詳細に追ったのが今井良著「内閣情報調査室」。知られているように、日本で諜報機関と呼ばれるものは一つではない。他に検察庁筋の公安警察、法務省筋の公安調査庁がある。三つの機関は境界線が不明瞭で活動が重なるため、それぞれ触れざるを得ない。単独で書き切ることが困難なのだ。なお、公安警察については青木理の好著「公安警察」がある。

 本著は、三機関の総論、内調誕生の経緯、内調の活動ぶり、公安警察、公安調査庁の活動ぶり、内調のこれから、というかたちで展開する。

 三機関入り乱れての諜報活動なので、時に内調の人間が公安警察、公安調査庁によって追いつめられるという局面もある。第1章は、そんな象徴的なエピソードから始まる。そして、内調の組織図、活動ぶりへとポイントが移る。驚くべきは、日々の活動についての描写が細かいことだ。公刊情報と呼ばれる、ネットも含めた一般社会に流通する情報を徹底的に、それこそ「ごっそり」かき集め、分類し分析する。そこから逆に公開情報をつくる。すなわち世論操作、マスコミ工作を行う。記憶に新しいのは、前川喜平・文科省事務次官の「出会い系バー通い」報道であろう。著書では「総理の耳目」と表現しているが、時には総理の影の「口」でもある。

 興味深いのは、内調の情報収集を支える別動隊の存在だ。北朝鮮をチェックするラヂオプレスあたりは想像がつくが、NHKや共同通信、時事通信、内外情勢調査会あたりまでリストに入ってくると、流通するニュースも、一歩引いて構えてみなければならないのか、とさえ思う。

 オウム信者の犯行とみられていた警察庁長官狙撃事件。既に時効になったが、北朝鮮工作員の犯行説が消えないという。そういえば、時効に追い込まれた時の公安部長の会見は、なおオウム犯行説を主張するという異様なものだった。そのとき、公安警察の背後に何があったのか。

 公安調査庁は、破防法適用を判断するための機関である。しかし戦後、伝家の宝刀は抜かれたことがない。暴力的活動を理由に一切の団体活動を否定するだけに、憲法が保障する「集会結社の自由」と激しくぶつかる。オウム真理教に対してさえ適用を見送った。今や時代に合わせたアップデートが必要では、と著者は問う。

 では、これからの日本の諜報機関はどうなるか。外務省による一本化構想が浮かんでは消えるという。一方で内調や国家安全保障局(NSS=National Security Secretariat)については、首相の思い入れが強いという見方もある。内調トップやNSSの谷内正太郎局長についても、人的属性つまり首相の好みが大きいとされる。政権が代わったとき、今の比重のまま行けるのかどうか、不透明なのだ。とはいえ境界線があいまいなまま入り乱れて活動する今の諜報機関、いずれ統合が迫られるようにも思う。

 著者は「おわりに」で「内閣情報調査室をテーマにするのには勇気が必要だった」と述べている。本音だろう。とりあえず、書きにくいテーマを書いた勇気に拍手を送りたい。

 幻冬舎新書、840円(税別)。


内閣情報調査室 公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い (幻冬舎新書)

内閣情報調査室 公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い (幻冬舎新書)

  • 作者: 今井 良
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2019/05/30
  • メディア: 新書

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冷戦下、崩せない「壁」があった~映画「COLD WAR あの歌、二つの心」 [映画時評]

冷戦下、崩せない「壁」があった~

映画「COLD WAR あの歌、二つの心」

 

 アンジェイ・ワイダ監督の名作「灰とダイヤモンド」は1945年、ドイツが降伏した直後2日間のポーランドを舞台とした。戦争が終わった解放感ではなく、虚無と絶望が入り混じったポーランドを描いた。ソ連の独裁者スターリンによって国の行方が力ずくで定められたからである。そしてこの国では1948年、統一労働者党というソ連の傀儡政権による一党独裁体制が成立した。「COLD WAR あの歌、二つの心」は、その翌年から1964年までの物語である。

 民族歌舞団の結成のため、団員選考を担当していたヴィクトル(トマシュ・コット)は少女ズーラ(ヨアンナ・クーリグ)と出会う。彼女は私生活で問題を抱えていたものの、美しい声は魅力的だった。最終的にズーラは団員に選ばれ、歌舞団は各地を巡演した。歌も踊りも次第に洗練され、党からも注目される。そして、最高指導者スターリンの讃歌も演目にいれるよう、注文がついた。

 こうした団の在り方に疑問を持つヴィクトルは亡命を計画、ズーラにも同行を求めるが、彼女は決断がつかず、待ち合わせ場所に現れなかった。1954年のパリ。ヴィクトルはクラブでジャズピアニストとして生計を立てていた。それから3年後、イタリア人と結婚して合法的にポーランドを出たズーラが現れる。しかし、彼女はヴィクトルとの結婚を決断できず、再びポーランドに戻る。ヴィクトルもまた、彼女の後を追った。

 1959年、祖国への裏切りによって懲役15年の刑に服するヴィクトルと面会したズーラは、拷問のためか、刑のためか、ヴィクトルの指が再びピアノを弾けないことを知る。彼の減刑を求め、ある村の荒れ果てた教会で二人だけの結婚式に臨み、祭壇には睡眠薬が並べられていた…。

 ストーリーを追えば、こんな感じである。端正なモノクロ映像で物語は淡々と進む。テーマ曲ともいえる「Dwa Serduszka(二つの心)」がさまざまなヴァージョンで歌われ、演奏される。あるときは民族的な楽曲として。あるときはジャズ風なアレンジで。いずれも、とても美しくスクリーンに流れる。タイトル「COLD WAR」がずしりと重みを増す。COLD WAR(冷戦)が二人の心を引き裂いた、と読めば分かりやすいが、そうではないだろう。亡命を繰り返し、故国を捨て、それでも心には崩せない「壁」=冷戦の影=があった。そんな作品である。

 別の見方をしてみよう。浮世の事情で別れようとして別れきれない二人が未練の末に心中する。なんとも日本的な心性の映画ではある。

 前作「イーダ」で評価を高めた監督パベウ・パブリコフスキはエンドロールで「両親に捧ぐ」と入れた。どこまでの事実が盛り込まれたかはよく知らないが、1957年ポーランド生まれの彼にとって、両親の生きざまは「時代の証言」として何らかの形で映像に残しておきたかったのであろう。

 2018年、ポーランド、イギリス、フランス合作。

 

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