病原菌には文明を滅ぼす力がある~三酔人風流奇譚 [社会時評]
病原菌には文明を滅ぼす力がある~三酔人風流奇譚
松太郎 4月も間近。毎年この頃にはプロ野球が始まり、Jリーグもたけなわで心躍るが、今年はシーズン開幕の見通しさえ立たない。
竹次郎 最新の数字(3月29日現在)で全世界の感染者64万人、死者数3万人超。これからアフリカ、中東がどうなるか。コロナウイルスよ、宇宙のどこかへ行ってくれ、という気分だ。世の中全体、盛り上がらない。
梅三郎 今回のコロナウイルスがもたらしたものは何か。地球上の最強の生物として君臨した人類が築き上げた文明がいとも簡単に崩壊しかねない、ということだった。
松 確かに。ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」には、スペインがなぜあれほど簡単にインカ帝国を滅ぼしたか、という考察があるが、要因としてタイトルにもある「病原菌」の存在が大きいとしている。ユーラシア大陸の家畜からヒトに移った10種類ほどの伝染病【注】が新大陸に伝播し、亡くなった人数は銃や剣によって殺された人数をしのぐ、と書いている。背景として新大陸にはほとんど家畜がおらず、似た病原菌がなかったため耐性がなかった、という。今日の状況と似ている。
竹 経済評論家・内橋克人の言だが、災害はそれに見舞われた社会の断面を一瞬にして浮上させる。病原菌についても同じことが言え、同時に一つの文明を滅ぼす力があるということだ。侮ってはいけない。
梅 侮ってはいけないのだが、日本での検査数の少なさをみると、侮っているとしか見えない。
松 安倍晋三首相は、3月28日の会見でも検査の促進を訴えた。それなのに検査の数は増えない。背景にどんな力が働いているのか。検査を進めて実態を把握することが第一歩だろう。
竹 疫学的に、一定の地域でサンプル調査をして潜在的な感染者がどのくらいいるか調べるべきだ、と主張する学者もいる。例えば東京の場合、この1週間で陽性化率は10倍になったが、奇妙なことに検査数はほとんど変わっていない。陽性化率が上がったということは感染者の絶対数が上がったということ。なのに検査数が増えないのは、どこかでせき止めているということになる。
梅 日に万単位の検査をしている国から見れば、日本は不思議な国と映るだろう。公表された感染数の100倍ぐらいは潜在的にいるのでは。
竹 ただ、日本での致死率は3%ぐらいで、全世界の平均5%と比べてもそう高くない。イタリアは10%ぐらい、スペインは7、8%ぐらいだ。
梅 医療崩壊が起きた国とそうでない国とで単純な比較はできない。医療崩壊が起きていない国としては、日本はむしろ高いほうだ。ドイツなど1%を切っている。背景には、日本での潜在的感染者数の多さがあるように思うが…。死後、あるいは重症化した後に感染が判明した数が多いのではないか。
松 そこは医学者でないので断定はできない。ただ、いえるのは日本では社会が合理性ではない何かによって動く、という不気味さだ。だれもが「やりたくない」と思っていた戦争を止められなかったあの時代と同じ空気だ。
強権発動を望む若者たち
竹 小池百合子知事が突然、首都封鎖をちらつかせた。ありうる措置だろうか。
梅 日本には強権を発動するための法的根拠がないので、強制はむつかしい。
松 官邸も、その辺りは慎重だ。しかし、それは「非常時には、やはり強権発動のための体制がなければ」というための布石にも見える。
竹 憲法に緊急事態条項がいる、という例の…。
松 「コロナ後」にはその主張が強まるかもしれない。
梅 テレビで都内のどこかの繁華街にたむろする若者へのインタビューがあり「強制でないということはそれほど深刻ではないということ。僕らに判断をゆだねるというのは無責任だ」という声があった。そう思っているとしたら、深刻に受け止めなければならない。外出禁止なのに外を出歩いて体罰を加えられたり、拘束されたりする外国の映像が流されているが、そういう国を望んでいるのか。強権的に規制されるより、行動はそれぞれで判断せよという方がよほど成熟した、ましな国のはずだ。
ご免こうむりたい悪夢のシナリオ
松 そうそう、オリンピックも延期になった。
竹 来年夏の開催が有力だが、結構な賭けだ。日本はともかく、世界をみるとそれまでに終息しているかは微妙では。
梅 既に言われていることだが、首相の任期が来年9月に切れることと大いに関係がありそうだ。
松 首相は、自分がいる間にやりたいだろう。しかし、開催できなかったら退陣もある。
梅 逆に言うと、開催できたらもう一期ということになりかねない。コロナ禍克服と五輪開催の功績で…。
松 そうなると悪夢だ。そういうシナリオはご免こうむりたい。
竹 しかし、今回のことでつくづく思うが、日本人のなんと従順で忍耐強いことか。
松 公文書改ざんで自殺した近畿財務局職員の遺書に対する国会での対応ぶりをみても、これは人としてどうなのか、という気分になる。検察は手を付ける気はないので、民事に頼るしかないが…。
梅 東京高検のトップは、例の官邸お気に入りの人物だから。「桜を観る会」もそれっきりだし。
松 オリンピック関連では、聖火リレーがあるのかないのか。
竹 あれはギリシャとゲルマンのつながりを強調するためヒットラーが始めたもので、いまだに続いている。いい機会だからやめればいい。
梅 そういえば、ヒットラーは初の聖火リレー後、ベルリンからギリシャへ、まったく逆コースをたどって電撃侵攻をした。五輪開催の3年後だ。聖火リレーは侵攻のための下調べだったのではともいわれる。
松 沢木耕太郎は「オリンピア ナチスの森で」で、その説に否定的な見方を書いている。ナチスは当時、世界最高水準のインテリジェンスを持っていたので、わざわざそんな回りくどいことをする必要はなかったという。私もそう思う。
消費税ゼロこそ最も効果的
松 コロナ禍はヒト自体にも痛手を与えるが、経済を弱らせ最終的に文明崩壊につながりかねない、ということを今回学びつつある。経済対策をどうするかも大きなテーマだ。
竹 米国は経済対策に200兆円を超す巨額をつぎ込むらしい。日本の予算の2年分だ。日本も、28日の会見で首相がリーマンショック時を上回る規模と明言したので、事業規模56兆円以上は確実。ドイツの90兆円と同じ規模になるのでは。単年度の国家予算並みだ。
梅 それにしては、中身がお粗末だ。お肉券とかお魚券とか…。自らの支持基盤をにらんだ、完全に利権がらみの思惑だろう。そんな話、このタイミングでするか、という感じだ。
松 そもそも、経済対策なのか困窮者救済なのか。そこをはっきりしないと迷走する。どちらかをとるか、あるいは二択にできないなら両方を、意図をはっきりさせて対策を打つ。経済対策としてなら消費税をゼロにするのが最も効果的なのは分かっている。しかし、財務官僚が反対することも分かっている。そこで、官僚の代弁者にすぎない麻生太郎財務相が早々と否定して盛り上がらなかった。
竹 それにしても、ケンカ腰の猿のような顔で記者を威圧する麻生は、ニュース映像が流れるたび不愉快になる。どうにかならないものか。
梅 まあ、その話は置いといて、まず消費税をゼロにする。それが無理なら5%にする。2018年度の消費税収入は20兆円弱だから、その後の税率アップ分を計算にいれても不可能な額ではない。その上で、飲食店や観光業など困窮している人には状況に応じて現金、いわゆる真水を配る。もともと単純な話なのに、自民党内の事情で複雑なことになっている。
松 消費税を上げた時もいろいろ救済策が取られたが、ほとんど効果はなかった。消費税は消費のブレーキだから、ブレーキを外せば車の速度は上がる。ぜひそうしてもらいたい。ただ、財務官僚は再引き上げのことを考えて反対する。
梅 そこは、初めから期限を切っておけば問題ないのでは。
【注】インカ帝国とアステカ帝国を滅亡に導いたのは、ヨーロッパでローマ帝国時代に猛威を振るった天然痘とされている。J・ダイアモンドはこのほか、新大陸への「とんでもない贈り物」として、以下の伝染病を挙げている。麻疹、インフルエンザ、チフス、ジフテリア、マラリア、おたふく風邪、百日咳、ペスト、結核、黄熱病。