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時代の転換点に何が必要か~濫読日記 [濫読日記]

時代の転換点に何が必要か~濫読日記


「主権者のいない国」(白井聡著)

 「カネと政治」が問われた2021年4月25日投開票の参院広島選挙区再選挙の投票率は33.61%で、問題の発端となった2019年を下回った。大規模買収への怒り爆発どころか、3人に1人しか投票所に足を向けなかった。腐敗しきった政治と、政治に関心を失った主権者。この国はどこへ行くのか。そうした怒りと憂国の情にあふれた著作が白井聡の「主権者のいない国」である。

 白井には、戦後史に大胆な視座を与えた「永続敗戦論」と、そこから戦後史の意味をとらえ直した「国体論 菊と星条旗」がある。前者は、アジア・太平洋戦争での敗戦を否認することで日本の戦後はスタートしたとし、後者はそうした戦後日本が戦前の天皇に代わり国体としたのが「米国=ワシントン」であったとする。「主権者…」は、二つの著作を受け、敗戦否認と米国追随がどこまで現代日本を腐敗させ、空洞化させてきたかをえぐった。

 コロナ禍で日本が迷走している。原因はどこにあるのか。2011年に福島第一原発事故を経験。あらわになったのは「原子力ムラ」という無責任体制であった。10年後、同じ光景が再現された。1年たっても満足に行われないPCR検査。背後にあるのは利権と無責任にまみれた「ムラ」の構造であろう。白井もこのことの指摘から始める。
 あぶりだされるのは、安倍・菅政権の無能と統治システムの崩壊である(官邸官僚の専横はそれを象徴する)。しかし、ここは一方的な政権批判で終わってはならない。政権を生み出したのは有権者自身だからだ。安倍・菅政権は国民の自画像でもあると白井はいう。

 では、国民は今どんな位置にいるのか。白井は重要な指摘を行っている。「社会の喪失」である。新自由主義の進展は、人々から「社会」を奪い去った、という。これには世代間格差がみられる。若い層ほど「社会の喪失」に無自覚である(受け入れている)。これには思い当たるフシがあり、少し脱線する。

 若者に受けた映画「君の名は。」や「風立ちぬ」を見て、ある種の苛立ちを覚えた。極私的関係はあっても公共空間への広がりがない。「君の名は。」は男女二人の出会いと別れにSFとオカルトを合わせたようなストーリーが絡む。「風立ちぬ」はゼロ戦の設計技師のラブストーリー。ゼロ戦の兵器としての側面や戦場は出てこない。だからプラモデルの愛好家のような堀越二郎が描かれる。なぜこんな物語が受けるのか不思議だったが、少し分かった気がした。ここには「社会」が存在しない。しかし、若者はそんな映画に喝采を送る。

 白井は、そんな没社会的空間を「セカイ系」という若者言葉で表現する。極私的空間からいきなり宇宙に到達する感覚であろう。手に入れられるものは万能感である。普通の人間は社会に出て自己の卑小さと無力さを思い知り、適度な居場所を見つける(人間的成熟)が、「セカイ系」にはそれがない。
 しかし、若者だけではなかった。都合の悪い報道には圧力をかける。「敵対意見の否認」である。安倍政権で見られた光景だった。実行者は総務相から官房長官になった菅だった。

 昭和から平成というタイミングをにらみ、白井は三つの「終わり」を挙げる。①昭和②東西冷戦③戦後日本の経済成長―の終わりである。「昭和」と「冷戦」は、良くも悪しくも日本の歴史に陰と陽、尾根と谷筋をもたらした。したがってこの後は陰と陽のない、のっぺりとした時代になった。さらに「経済成長の終わり」は、日本国民が持っていたナショナルアイデンティティーの喪失につながった。こうして「平成」は漂流と喪失の時代になった。「永続敗戦レジーム」が揺らぐ。「菊と星条旗」と隠喩した「戦後国体」も、冷戦終結とともに意味を失った。こうした転換に安倍・菅体制は対応できないでいる。

 戦後体制(米軍駐留・安保・民主主義の共存)は朝鮮戦争を踏まえて出来上がった、という白井の指摘は当たっている。冷戦終結から30年、朝鮮戦争は終わらせるべきなのだ。そこから新しいアジアと日本の構図が出来上がる。しかし、戦後の国体の指導者はそんな意識のかけらもない。ひたすら戦後レジームの延命を図る。

 アジア・太平洋戦争で国家は何をしたか。それを考えると、日本人の政治不信は理解できなくもない。しかし、歴史は明らかに転換点にある。「敗戦否認」と「米国=国体論」を乗り越えて新局面に進むには何が必要か。主権者たろうとする気概と精神態度ではないかと、白井は締めくくる。
 レーニン研究から出発した著者の、刺激的な一冊。
 講談社、1700円(税別)。

主権者のいない国


主権者のいない国

  • 作者: 白井聡
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2021/03/29
  • メディア: Kindle版




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