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少数者の闘いを見つめる~映画「正欲」 [映画時評]

少数者の闘いを見つめる~映画「正欲」


 長く生きていると、同調圧力という現象に出会うことがある。場の空気を読めよ、分かるだろう? みたいなことだ。つい妥協してしまう。同調圧力に屈する、というやつである。どうでもいいことならそれで済む。どうでもよくないことだとどうなるか。そもそも、どうでもよくないこととは…?
 マジョリティとマイノリティのそんな微妙な問題を直視したのが「正欲」である。タイトルは造語と思われるが、正しい欲とは。あるいは正しくない欲とは。

 主な登場人物は6人。うち5人は普通でない(といわれる)欲望を抱えている。あと一人はその対極、普通(あるいは常識)を体現した人間である。
 広島・福山に住む桐生夏月(新垣結衣)は実家暮らしで変化のない生活を送る。販売店員をしているショッピングモールから帰宅すると一人動画にふけっている。ひたひたと快楽が押し寄せる。周りは水で囲まれている、という幻覚。ある種の性的快楽が水とつながっている(このシーンは印象的だ)。中学のころ横浜に転校した佐々木佳道(磯村勇斗)が地元に帰ってきた。夏月には佳道との共通の記憶があった。それは水の関するものだった―。
 水に対して特殊な感情を持つ二人を軸に、男性恐怖症の神戸八重子(東野絢香)、ダンスの名手諸橋大也(佐藤寛太)が、それぞれの孤独と人に明かせない性癖を抱えてつながりを求めあう。
 「私たちは命の形が違っている。地球に留学しているみたい」という夏月は、生きていくために手を組みませんか、という佳道に同意し、横浜で同棲を始める。普通のカップルから見れば、愛のない共同生活である。
 水に対する偏愛をSNSで発信するうち、同好者が現れた。矢田部陽平(岩瀬亮)。しかし、彼が愛するのは水そのものではなく、水に濡れた幼児たち―彼は幼児性愛者だった。

 ひそかなつながりを求めた彼らに、検事・寺井啓喜(稲垣吾郎)が立ちふさがる。水に対する偏愛など信じない彼は、夏月や佳道も小児性愛者としてひとくくりにしようとする。佳道は既に逮捕され、取り調べを終えた夏月は寺井に伝える。私たちは別れることはない、と。マジョリティを正義と考える寺井への明確な意思表示である。

 社会は多様性を認める方向に向かっている。しかし、深層意識で「普通」や「常識」は生きている。それは時に少数者を排除し抹殺しかねない危うさを秘める。あらためてそのことをあぶりだした。
 2023年製作。監督は「あゝ、荒野」の岸善幸。原作朝井リョウ。


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