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アイデンティティーとは何か~映画「ある男」 [映画時評]

アイデンティティーとは何か~映画「ある男」


 私たちにとって名前(戸籍)とは何だろうか。名前には、どれほどの実体が伴うのだろうか。それとも単なる記号なのだろうか。名前を名乗ることで、どれだけの存在証明がなされるのだろうか。そんなアイデンティティーの問題を追究したのが平野啓一郎の小説「ある男」である。この原作が映画化された。
 テキストと映像の二つに触れていつも思うが、それぞれ特性が違うため、同じ出来にはならない。総じていえばテキスト(小説)のほうが重厚だし、映像はエモーショナルではあるがその分、簡略化されてもいる。どちらが優れているかではなく、メディアとしての差異ということだろう。例えば原作では導入部で、たまたま「私」がバーで会った「城戸さん」から聞いた話、という形で本編にフレームがはめられる、というつくりになっているが、映画ではカットされているし、ストーリーの核心をなす戸籍交換の手順も、かなりの部分簡略化されている。

 宮崎県S市で文房具店を切り盛りする里枝(安藤サクラ)の夫「谷口大祐」(窪田正孝)は寡黙な男だった。ふらりとこの町にやってきて林業を覚えたが、伐採中に下敷きになり死んでしまった。1年後、大祐の兄・谷口恭一(眞島秀和)が線香をあげに来た。伊香保温泉の老舗旅館の跡取りだった。彼は仏壇の遺影を見て「弟ではない」と断言した。息子の悠人(坂元愛登)とともに「私は誰と生活していたのか」と悲嘆にくれた里枝は、初婚の時の離婚調停で世話になった弁護士・城戸章良(妻夫木聡)に調査を依頼した―。

 城戸の手によって戸籍交換の実態が明らかになる。本物の谷口大祐(仲野太賀)が、伊香保温泉の旅館の跡を継ぐことに抵抗、他人に成りすましたこと。戸籍交換の相手・原誠(一時曽根崎義彦、後に谷口大祐を名乗る)もまた、死刑囚の息子という人生の烙印に決着をつけるため、名前を変えたがっていたこと。戸籍ブローカーで詐欺師の服役中の小見浦憲男(柄本明)。城戸もまた、在日朝鮮人三世であること…。
 これらを結ぶ一貫したテーマは、アイデンティティーとは何か、である。人間の存在の根源にあるものは、名前や国籍によって揺らぐものではないのではないか。決して記号化されない何かから、愛や信頼は生まれるのではないか。このことを掘り下げるため、原作者は死刑制度の是非、関東大震災での朝鮮人虐殺、ヘイトスピーチと人種差別といった社会問題をちりばめた。しかし、残念ながらこれらは映画ではほとんど取り上げられていない。
 そのためか、映画はストーリーを追うことに手いっぱいになり、それぞれがどんな動機で行動に走ったのかが、ややあいまいになった感がある。言い換えれば、内面の厚みが物足りない。よくできた作品だけに、惜しい。
 2022年製作。監督は「蜜蜂と遠雷」の石川慶。


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