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神にゆだねた真実の探求~映画「最後の決闘裁判」 [映画時評]

神にゆだねた真実の探求~映画「最後の決闘裁判」

 百年戦争の最中、14世紀のフランスが舞台。歴戦の勇士ジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)は美しい妻マルグリッド(ジョディー・カマー)をめとった。ところがある日、マルグリッドはカルージュの戦友ジャック・ル・グリ(アダム・ドライヴァー)に強姦される。妻の訴えを受けたカルージュに責められ、ル・グリは否定。彼には領主ピエール(ベン・アフレック)がついていた。正当な裁きは期待できないと、カルージュは国王シャルル6世に決闘裁判を上訴した。
 前半は、戦争と3人の関係がそれぞれの視点で語られる。人間関係の機微が微妙に食い違っていて興味深い。芥川龍之介の「藪の中」を原作とした「羅生門」を思わせるが、あれほど180度違ったそれぞれの事実が現出するわけではない。
 圧巻は後半の決闘シーン。最終的に、神の裁きが互いの生死を分けるという思想だ。鎧と槍で身を固め、互いに馬で突撃する。死に至るまで戦うか、それともギブアップするか。途中で敗北を認めても死罪が待つ。カルージュが敗れればマルグリッドの訴えはウソだったことになり、彼女もまた裸にされ火あぶりに処せられる。異端審問にかけられ火刑にされた魔女狩りと同じ発想だ。ちなみに、このようなプロセスで火刑にされたジャンヌ・ダルクは15世紀前半の人である。さて、結末は。
 映画の冒頭、事実に基づくとあるが、「マルグリッドの強姦」については虚言であったとする説もある。しかし、それは女性が虐げられてきたことのあかしであるとして、ここでは取り上げていない。ともあれ、決闘による審判は、フランスではこれが最後となったようだ。

 ここからは余談めくが、ある憲法学者によれば「決闘」の思想は近現代にも生きており、その団体戦こそが「戦争」なのだと聞いたことがある(日常の世界で許されない「殺人」がなぜ戦場では許されるのかを考えればいい)。決闘による決着を神の御託宣とするのは現代から見ればまるで非合理的だが、戦争の思想の底流に今なお「決闘」の思想が生きているとすれば、この映画をいま作る意味もあるだろう。「勝てば正義」という戦争の非合理性を考えるために。
 2021年、英米合作。リドリー・スコット監督。

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