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大きな政治から小さな政治へ…~三酔人風流奇譚 [社会時評]

大きな政治から小さな政治へ…~三酔人風流奇譚

 

奇妙な真空状態

松太郎 7年8カ月続いた安倍晋三政権が閉幕、菅義偉政権が誕生して10日たつ。この政治状況をどう見るか。

竹次郎 菅首相は国会で施政方針演説もしていないし全体像が見えない。評価のしようがない。そんな中で次々と新しい施策を打ち出し、やってる感は出している。

梅三郎 「やってる感」は安倍政権の得意技で、そこは継承しているようだ。

松 安倍政権は「美しい国へ」をキャッチフレーズに戦後レジームからの脱却を唱えて危険なナショナリズムのにおいを振りまき、それが逆風にもなり順風にもなった。いまのところ菅政権は無味無臭で、そこは違う。

竹 各メディアの世論調査をみると、菅政権は軒並み支持率が60%を超している。中には70%を超すものもある。それに比べて不支持率が低い。

梅 安倍政権の特徴は、強固な不支持層が存在し、一方で「ほかに選択肢がない」といった消極的支持が多数存在した。その結果が4050%の支持というかたちになっていた。それにしても、退陣が決まってからの安倍政権支持60%は理解しがたい。

松 永年政権を担当してご苦労さん、といったことだろう。日本人はこういう場合、優しいから。

梅 その結果、菅政権では踊り場的というか奇妙な真空状態が生まれている。

 

ナンバー2の美学

竹 政治に限らず、世間には「ナンバー2の哲学」「ナンバー2の美学」というのがある。思い起こされるのは中曽根康弘首相と後藤田正晴官房長官の関係。後藤田長官は史上最も評価の高い官房長官と思うが、では後藤田首相はありえたかというと、それはなかった。伊東正義は首相を打診され、表紙を変えても中身が変わらないと意味がない、と断ったという【注1】。表紙が変わればおのずと中身も変わるというのが政権のトップたるものだと思うが、言葉を変えれば、この時の伊東は自身、官房長官としてナンバー2ではあってもナンバー1に立つ人間ではないと思っていたのでは。

梅 まあ、この時は糖尿病に悩んでいたから、という説もある。

松 ナンバー2の美学といえば、中国の周恩来首相。毛沢東主席に仕えたが逆はありえなかった。

竹 こうした歴史を振り返ってみて、菅はナンバー2としてのおさまりはよかったがナンバー1としてはどうなのだろう。

松 既に言われているが、安倍政治の継承を言いながら安倍のような国家観は見えない。

 

岸→池田に似る

竹 安倍政治の総括はこれから行われるが、ナショナリズムとか国家とかのありようを掲げ、そこから防衛、教育、経済の大枠に手を突っ込んだ。特に経済は巨額の国費をつぎ込み、大企業を潤し、雇用環境の一定の改善をもたらした。一方で経済格差は拡大した。外交はナショナリストの側面が災いし、中韓との関係は悪化した。

梅 その辺の見方が最大公約数だと思うが、安倍政治の継承をいう菅政権は、特に安倍政治の負の部分、これをどう総括していくかが問われる。

竹 ところが、現時点の菅政権はそうした点をスルーし、スマホ料金の値下げとかハンコ廃止とか、目先の得点を稼いで政権を浮揚させようとしているように見える。

松 安倍政治が「大きな政治」を目指したとすれば、菅政権は「小さな政治」を打ち出している。60年安保の後、国論を二分した安保改定を強行した岸信介首相が退陣、池田勇人首相が跡を継いだ時に似ている。池田は所得倍増と低姿勢を訴え支持率回復に努めた。「大きな政治」から「小さな政治」だった。

竹 菅という政治家は権力の冷酷な使い手とみられている反面、「ふるさと納税」や「スマホ値下げ」「ハンコ廃止」といった国民に分かりやすい政策を打ち出す。いわばアメとムチ。

松 「ふるさと納税」は受益者負担という税制の基本からすればおかしい。その点を批判した総務省の幹部を左遷したことはよく知られている。一つの政策がアメとムチの両面を持っていた事例だ。

梅 沖縄・辺野古基地建設をめぐる対応でも、権力者としての冷酷ぶりが出ている。この辺はもう少し情のある対応があってもいいのでは。

竹 安保法制などの「大きな政治」に辟易していた国民世論は、目先の利得を提示する菅政権に高評価を与えている。それが先ほどの高支持率に結び付いた。

 

「菅」という政治家

松 頂点に立つと思われていなかったせいか、菅という政治家の評伝はあまりない。読んだのは「影の権力者 内閣官房長官菅義偉」【注2】だけだが、最近再読した。世間で流布する、父親が満州からの帰還者→秋田の豪雪地帯の農家の生まれ→貧しさ故の集団就職→底辺から政治の頂点へ、という説を確かめたかったからだ。父親は確かに満洲に渡ったが、いわゆる満蒙開拓団ではなく満鉄勤務だった。自宅に家政婦を置くほどで、決して貧しい生活ではなかったようだ。帰国後はイチゴ栽培に成功、生産者組合を立ち上げ組合長についた。さらに町議を4期、副議長も務めた。貧農というより地域の名士といったほうがふさわしい。菅が上京したのは高校を出てからで「金の卵」と呼ばれた中卒の集団就職とは違う。そこから見えてくるのは、家業を継げばそれなりの生活ができたはずなのに、一旗あげたいとの気持ちから親の反対を振り切って上京した若者の姿。それ自体は当時よくあった光景で否定も肯定もする必要がないが、ただ、こうした菅の軌跡がどこかで脚色され、成功物語に仕立てられているという気がする。

竹 この本は読んだが、著者は岩手の出身で小沢一郎に関心があり、菅と小沢の比較論という構成にもなっている。当然、小沢を育てた田中角栄にも触れており、3人の評価が興味深い。菅が徒手空拳で政治の世界に飛び込んだのはおそらくその通りで、生まれた時から「大臣の子」だった小沢とは違った。境遇において菅はむしろ田中に近いが、田中ほど壮絶な貧困は体験していない。

梅 菅は「政局」と呼ばれる舞台で荒業を使ったことが2度ある。一度は梶山静六が派を出て総裁選に出馬した時【注3】。菅も行動を共にし、梶山の支持に回った。もう一度はいわゆる加藤の乱【注4】の時。特に梶山は、菅自身が「政治の師」と仰ぐほどだった。今回の菅の総裁選出馬のいきさつをみると、かつての梶山の動きに似ている。

竹 梶山が敗因を語るとき「梶山には梶山がいなかった」【注5】といったとされるが、今日「菅に菅がいない」といわれるところも似ている。実は梶山の時も加藤の乱の時も、敵対したのは野中広務だったが、野中と菅の方が地方議員上がりという軌跡といい、権力の妙味を知っている点といい、似ている。

梅 しかし、沖縄米軍用地特別措置法改正案上程の衆院本会議で野中が特別委員長として行った演説【注6】は、菅はできないだろう。野中にも梶山にも、自らの戦争体験に基づく「戦争はしてはならない」という深い思いがあるが、菅には感じられない。

松 その辺が、目前の政策ではない大きな次元の国家観、平和観なりを感じさせないところだろう。

 

【注1】1989年、竹下登首相の後継に推された際の言葉。

【注2】松田賢弥著、講談社+α文庫、2016年

【注3】1998年、橋本龍太郎政権の退陣を受けて行われた。梶山のほか小渕恵三、小泉純一郎が立ち、小渕総裁が誕生した。

【注4】2000年、野党が森喜朗政権に不信任案提出の動きを受け、加藤紘一、山崎拓が同調し倒閣を企てたが、最終的に腰砕けになった。5人組の密儀によって誕生した森政権の出自に疑義を唱えたものだった。

【注5】「死に顔に笑みをたたえて」553P(田崎史郎著、講談社、2004年)

【注6】1997年。「この法律がこれから沖縄県民の上に軍靴で踏みにじるような、そんな結果にならないようことを、そして、私たちのような古い苦しい時代を生きてきた人間は、再び国会の審議が、どうぞ大政翼賛会のような形にならないように若い皆さんにお願いをして、私の報告を終わります」



影の権力者 内閣官房長官菅義偉 (講談社+α文庫)

影の権力者 内閣官房長官菅義偉 (講談社+α文庫)

  • 作者: 松田 賢弥
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/01/21
  • メディア: 文庫

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スターリンの闇に挑んだ記者~映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」 [映画時評]

スターリンの闇に挑んだ記者~

映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」

 

 1930年代初め、世界恐慌の中で飢餓が各国を襲った。しかし唯一、経済的に快進撃を続ける国があった。革命後、数次のか年計画を推進したソ連である。なぜなのか。ヒトラーとのインタビューに成功した英国のジャーナリスト、ガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)が疑問を解くためモスクワに向かった。スターリンに真相を聞くのが目的だった。

 

革命後、スターリンは生産力向上のため工業化を強引に進めた。足りない労働力は地方から吸い上げ、農地を国有化し、農業集団化を進めた。この影響を正面から受けたのがウクライナだった。穀物の収穫量は激減したが、政府の調達量は変わらなかった。この結果、多くの餓死者が出た。しかしスターリンは事実をひた隠しにしたため、どれだけの死者が出たかいまだに確定していない。ウクライナの歴史を紹介したある著書【注1】は300万~500万人という推計を取り上げ、人為的に起きた飢餓であり「ジェノサイド」だと主張する学者もいる、とした。ジョーンズのウクライナ・ルポを引用した別の書【注】は、250万から390万人の間としている≫

 

 モスクワ入りしたジョーンズを待っていたのは、ソ連当局の言い分をそのまま西側に流す一群だった。ピュリツアー賞受賞者のウォルター・デュランテイ(ピーター・サースガード)もその中にいた。ジョーンズは一計を案じ、ロイド・ジョージの外交顧問と偽って政府高官にコンタクトし、ウクライナの開発ぶりを視察するツアーを組むことに成功した。現地に到着後、監視の目をくぐって列車を下りた彼の目に映ったのは酷寒の中、飢餓にあえぐ住民の姿だった。中には人肉食に手を出すものさえいた【注3】。

 

 モスクワに駐在していたエンジニアたちが突然拘束された。ジョーンズを口止めするためだった。ソ連当局の言う通りの記事を書けば、彼らは解放される。帰国後、悩んだジョーンズはジョージ・オーウェル(ジョゼフ・マウル)らに背中を押され、ニューヨークタイムズ紙に自分が見た通りのことを書いた。人はまもなく解放された。何も変わらなかった。デュランティのピュリツアー賞もはく奪されることはなかった…。

 

≪興味深いのは、エンディングで流れた一つの事実である。ジョーンズは1935月、満州でソ連秘密警察につながるとみられるグループに射殺される。なぜ満洲なのか。実はこのころ、日本とウクライナは反ソ連の機運が高まっており、ウクライナ独立と満洲独立の地下活動が連携して行われていたフシがある。つまり、二つの地域を結ぶキーワードは「反ソ連」だったのだ。その地でジョーンズは暗殺された。闇は深い≫

 

 監督は「ソハの地下水道」のアグニエシュカ・ホランド。2019年、ポーランド・ウクライナ・英国合作。

 

【注1】「物語 ウクライナの歴史」(黒川祐次著)

【注2】「ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実」(ティモシー・スナイダー著)

【注3】前掲書では193233年にウクライナで2505人がカニバリズムで有罪判決を受けたが、「実際の件数は、これをはるかに超えていたはず」としている。



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半世紀前の行動が問われる~映画「ジョーンの秘密」 [映画時評]

半世紀前の行動が問われる

~映画「ジョーンの秘密」

 

 先日観た「オフィシャル・シークレット」は、一言でいえばスパイ活動は目的が正しければ是認されるのか、という問題提起であった。最終的に検察側の判断によってスパイ活動を行った英政府機関の女性は無罪放免された。この「ジョーンの秘密」も、スパイ活動の是非を問う作品である。その活動は第二次大戦中にまでさかのぼる。

 2000年、英国内で一人の老女(おそらく80代)が国家反逆罪で逮捕された。MI5が挙げた容疑は1940年代初めのスパイ行為だった。流出情報は原爆開発に関してだった。数日前に死去した外務事務次官の遺品から、彼と女性がKGBに関係していた証拠が出てきたためだった。

 実話ベースという。そこで当時の英国を取り巻く核情勢をざっと俯瞰する。1939年にドイツのポーランド侵攻で始まった第二次大戦中、英国はプロジェクト「チューブ・アロイズ」を立ち上げ、ドイツと原爆開発を競った。しかし、ドイツの先行を恐れた米国は1942年、マンハッタン計画を立ち上げ連合国側の核開発を一本化した。

 逮捕されたジョーン・スタンリー(ジュディ・デンチ、若いころはソフィー・クックソン)は1938年、ケンブリッジ大で物理学を専攻していた。そのころユダヤ系ロシア人ソニア(テレーザ・スルボーヴァ)と出会い、従兄のレオ・ガーリチ(トム・ヒューズ)を紹介された。

 1941年、英国の核開発機関に勤め始めたジョーンは、ケンブリッジでの成績の優秀さを認められて機密任務につき、米国やカナダへの調査団にも加わる。そうした彼女にレオが近づき、核開発情報を入手しようとする…。

 最終的に彼女は核情報をKGBに流すのだが、それは、核兵器を分散所有することで平和が保たれる、という彼女なりの考えに基づいていた。

 「オフィシャル…」と違ってスパイ行為の是非についての結論は出さず、問題提起だけが投げ出される。その陰で実は、もう一つの問題が提起されている。

 核兵器を分散所有することは平和につながるのか。これは、現在の核保有国と核の傘を支持する国々が主張する核抑止論を前提とした考え方である。一方で、核を全廃するには核保有国を一つでも減らすことが肝要である、とする考え方もある。その点で彼女の行為はどう問われるべきだったのだろう。

 2018年、英国。原題はずばり「Red Joan」。この原題からは、若気の至り、で済みそうな過去がとんでもない結果を引き起こした、というニュアンスが読み取れないでもない。この事件のモデルとされたメリタ・ノーウドッドは2005 年に93歳で死去。映画ほど華々しいキャリアはなく、もっと地味な生活を送っていたらしい。

 


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日本でこのストーリーは可能か~映画「オフィシャル・シークレット」 [映画時評]

日本でこのストーリーは可能か~

映画「オフィシャル・シークレット」

 

 2001年の911米同時多発テロに対してブッシュJr米大統領は「テロとの戦い」を宣言、アフガン、イラクに侵攻した。イラクに対しては無差別大量破壊兵器を極秘に開発、所有しているとしたが、国際機関の調査でも痕跡は認められなかった。大義なき戦争に最も寄り添ったのがブレア英政権だった。独断的な参戦に対して独立検証委員会(チルコット委員会)が2009年に立ち上げられ、2016年に260万語に及ぶ報告書を作成し「イラク戦争への参戦は不可避ではなく、法的にも不備があった」と結論づけた。ブレア元首相ら150人から聞き取り調査を行い、2012年にA4判4枚の概要を公表しただけの日本の外務省とは大きく違っていた。

 このときの英国の「検証」は今でも高く評価されている。そして並んで取り上げられるのが日本の貧困さだった。

 映画「オフィシャル・シークレット」は、このころ英政府通信本部(GCHQ)に勤務していた女性職員の行動を描いた。キャサリン・ガン(キーラ・ナイトレイ)はある日、驚くべきメールを目にする。米国家安全保障局(NSA)からで、国連安保理の非常任理事国のメールを監視しろという内容だった。米国のイラク開戦に反対する勢力に工作活動を行い、有利な国際世論を生み出すためだった。

 戦争へとひた走る米英政府に怒りを覚えたキャサリンはメールをコピー、ある人物を通じてメディアに持ち込んだ。真偽をめぐって揺れた各社の中で、オブザーバー紙はメールの内容を公表した。陰にはマーティン・ブライト記者(マット・スミス)の勇気と執念があった。GCHQではすぐに厳しい「犯人捜し」が始まった。仲間を疑惑の目にさらしたままでは耐えられないとキャサリンは名乗り出た…。

 舞台は法廷に移された。ここで予期せぬことが起きる。検察が公訴を取り下げたのだ。戦争には法的な不備があることを権力の側が認めたのだった。ちなみにイラクとの開戦は2003年。その翌年にはこのような機運があったことになる。

 こんなストーリーが成り立つのだろうか。しかし、この展開を荒唐無稽と思うのは、戦争の違法性など権力の側がどこまで行っても認めない日本ならではのことなのだ(アジア・太平洋戦争だってまともな検証は行われていない)。冒頭にあげた「ブレアの戦争を問う」作業が行われる英国だからこそ、真実性をもって受け止められるのだ。映画を観て、日本もこうあってほしいと思った市民はどれくらいいただろうか。

監督は「アイ・イン・ザスカイ 世界一安全な戦場」で無人兵器による現代の戦争の非人間性を描いたギャヴィン・フッド。2019年、英米合作。

 

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末期症状だが、代わる政党がない。トホホ…~三酔人風流奇譚 [社会時評]

末期症状だが代わる政党がない。トホホ…~三酔人風流奇譚

 

安倍政治の功罪

松太郎 安倍晋三政権が幕を閉じる。それにしても7年8カ月、長かった。

竹次郎 メディアは政権の功罪をめぐってかまびすしい。

梅三郎 功の部分ってあるのか。罪の部分ばかり頭に浮かぶが…。

松 安保法制(戦争法)やそれにつながる特定秘密保護法をどう評価するかだ。これを政権の「レガシー」だという人もいる。

梅 安保法制は将来、日本が戦争に首を突っ込んだときに間違いなく歴史的起点として語られる。あくまでも「負のレガシー」だ。

竹 政権の総括として外せないのは、森友学園や加計学園をめぐる疑惑、桜を見る会での支援者優遇(買収)疑惑。ひとくくりでいえば権力の私物化の問題だ。あったのかなかったのか、いまだに不透明だ。そして財務省近畿財務局職員の自死。彼は公文書改ざんを強制されたと遺書を残した。

松 数々の疑惑の中で最も大きいのは公文書改ざん問題。世間でいわれていることが事実だとすれば、霞が関の官僚は政権を守るためなら何でもする、ということになる。官僚が守るべきは国民のはずなのに。

竹 経済政策、外交についてはメディアでさんざん取り上げられているのでここでは簡略化したいが、経済については円安株高を維持するため日銀を取り込み、年金資金を株式市場に投入することまでした。これらはとても今のままですむとは思えない。

梅 株高を維持するために多額の公金をつぎ込んだが、結局それは企業の内部留保となり、トリクルダウンで中小企業を潤すということにはならなかった。一方で生活保護者への支給基準が引き下げられるなど露骨な弱者切り捨てが行われた。結果として経済格差(ジニ係数)は先進国でも下位に位置する。

竹 公文書改ざん疑惑は安倍政権の特徴的な出来事だが、背景にあるのは言葉と信義を軽んじる政権の姿だ。国会では野党に無意味なヤジを投げつけ、街頭演説では「あの人たちに負けるわけにはいかない」と憎悪を剥き出しにした。たしかに日本はGDP世界第3位、防衛力も5位か6位という、それだけ見れば大国だが、その割に世界から「大国」とは見られていない。内田樹氏のブログを引用すれば「知性と倫理性を著しく欠いた首相が長期にわたって政権の座にあったせいで、国力が著しく衰微した」という総括になる。

梅 けさ(9月4日)の朝日新聞に世論調査結果(調査日9月2、3日)が載っており、濃淡はあるが安倍政治を評価するという声が7割あった。

竹 病で政権の座を降りた安倍氏への同情票だろう。こんなとき、ロジックより心情で動く日本国民の特性がよく表れている。

 

永田町のドタバタ劇

松 安倍首相の退陣表明が8月28日夕。自民党総裁選は9月8日告示、党員投票なしで両院議員総会を14日に開き選出。16日の臨時国会で首班指名される。退陣表明からわずか半月で次期首相が決まる。

竹 いかにも手っ取り早いという感じだがそれは置くとして、問題なのは決まるプロセスだ。今のところ菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長の争いだが、党内5派閥が菅氏支持を表明、9割がた「菅政権」が決まってしまった。1日に出馬表明した岸田、石破両氏はこれまでなんとなくそれぞれの見識を述べる機会があり、ぼんやりとだが政見らしきものは推測がついた。しかし、菅氏についてはどんな政見の持ち主なのか見当がつかない。2日の出馬会見でようやく政見らしきものを述べたが、ほとんどは安倍政治の継承というものだった。

梅 記者から安倍路線とどこが違うのかと聞かれ、色を成して縦割り行政をぶち破る、と答えていたが、縦割り行政の弊害をなくすというのは政治目標でなく手法の問題。菅氏は参謀役としては有能だったかもしれないが、そのまま政治リーダーとして通用するとは思えない。このやり取りにもその点が出ている。

竹 特に外交。安倍政権では北方領土問題、拉致問題は進展なし、日韓関係は戦後最悪、といわれた。トランプ米大統領とは良好な関係を築いたといわれるが、F35などの防衛装備を米国の言い値で買ったからに他ならない。沖縄問題を解決するには自立的な対米関係を築くしかないが、できていなかった。これらをどう打開するのか。安倍政治を継承するというだけでは展望は見えない。

松 そんな中で3日、東証終値がコロナ前の水準に戻った。菅政権が確実になり、アベノミクスが継承されるとの見通しを好感したためだろう。今まで安倍政治でうまい汁を吸ってきた人たちも安堵している。

竹 その意味では、いち早く「菅担ぎ」に走った二階俊博幹事長、麻生太郎副総理、細田博之元幹事長、竹下亘元総務会長ら派閥領袖も同じ事情だ。みんな安倍政権下で吸ってきたうまい汁をこれからも吸いたいと思っている。

松 菅会見の直後に行われた3派領袖の合同会見は異様だった。二階氏を含め永田町の妖怪を見ているようだった。映し出されたのは、目先の利益を求めてうごめく政治家の醜態だ。国民の幸福を案じるなどという姿勢はかけらも見られない。

梅 あるいは、長老たちが密室で自分たちの長を選ぶムラの論理。今回も選出方法をめぐって若手議員の不満が随分あったようだが、いい加減こうした組織のありようは若手が蹶起して打倒しなければ。

竹 今後、菅首相会見のたびに国民は永田町の妖怪が背後でうごめくのを感じる。永田町ドタバタ劇も、ここまで来たかという思いだ。

松 見過ごしてはならないのは、なぜ菅氏は総裁選出馬を決めたかだ。テレビコメンテーターが言っていたことで真偽はわからないが、当初「岸田後継」を決めていた安倍氏は「岸田は石破に勝てるのか」と漏らしていたという。これが事実なら、岸田は石破に取り込まれて2人の連合政権ができ、結果としてモリカケ、桜、公文書改ざん問題などの真相が暴かれると警戒したのでは。それを防ぐには菅政権しかなかった。

竹 安倍政治の継承といえば聞こえはいいが、数々の疑惑にフタをする政権、疑惑隠し政権というわけだ。もともと「石破つぶし」が最優先されたのも、疑惑を暴露されかねないという危惧が大きかったからだ。

 

忘れ去られた政治の原点

梅 政治の原点は何か、ということが次期政権のトップを選ぶ過程で語られなければならないが、そんなものはどこかに行ってしまった。政治とは経世済民、世を治めて民を救う、そのために富の再配分に心を配ることにあるが、安倍政治にはみじんも感じられなかった。そこをどう軌道修正するか、経済、外交、防衛はどうなるのか。少なくともそこは語るべきなのに。

竹 コロナ禍は人間の安全保障の問題であり、本来の意味での政治の力量を図る典型的な事例だったが、安倍政権は無能だった。

松 菅氏は官房長官、政権の門番としてはある意味「鉄壁」だったかもしれないが、政権トップとしてはそれでは持たない。

竹 号砲が鳴った時点でトップを走るランナーはテープを切っていた、あるいは読み始めたら結末が既に明らかにされていた、そんなミステリーを読まされている感じだ。

梅 かつて小渕恵三首相が誕生した時、米国メディアだったと思うが「冷めたピザ」と評した。このまま菅政権が誕生すれば、国民はピザところか「冷めたラーメン」を食わされる思いがする。

松 こういう事態に陥ったときには政権交代可能な政党がもう一つあってただちに交代する、それを生み出すのが小選挙区制=二大政党制であったはずだが。こんな腐りきった政党が政権にしがみつく姿をいつまで見なければならないのか。

竹 年後には確実に総裁選がある。そのときどうなっているかだ。菅政権はショートリリーフか先発完投型かが見えてくる。そのとき、まともな政治論議があるか。

梅 そう願いたいが可能性は低い。今回と同じドタバタ劇が繰り返されるのでは。

松 その前に、菅首相による解散総選挙があるかどうかだ。先ほど安倍氏への同情票が世論調査結果に表れている、といった分析があったが、そうだとすれば自民党にとっての勝機は今だといえる。今秋解散はあるのではないか。

竹 それもあるが、自民党議員の心理から推し量るほうが分かりやすい。今のままだと菅政権は談合政権と呼ばれ、安倍政治の数々の負債も抱えて議員としてはやりにくい。それなら解散総選挙に打って出て、勝てば政権の正統性が得られる。負ければさっさと首を挿げ替える。早く白黒つけたほうがやりやすい。これが議員心理では。

梅 もし総選挙で勝ってしまうと、菅政権を作り出した談合の当事者たちは相対的に政治的影響力が低下する。それは困るという思惑もあるだろう。中曽根政権ができた時、田中派の金丸信氏だったと思うが、担ぐ神輿は軽いほうがいい、とうそぶいた。そうした事情も絡んでくる。

松 いずれにしても、国民生活は置き去りにされてしまうわけだ。



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