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非人間的な労働現場に怒り~映画「家族を想うとき」 [映画時評]

非人間的な労働現場に怒り~映画「家族を想うとき」

 

 AMAZONや運送業界の過酷な労働環境が、潜入ルポや現場からの告発によって社会問題化している。新自由主義の先鋭化したかたちが影を落としているようだ。こうした環境の中、崩壊一歩手前で立ち止まろうとする家族の叫びを描いたのがケン・ローチ監督の「家族を想うとき」である。

 英国ニューカッスルに住むリッキー(クリス・ヒッチェン)は、銀行取り付け騒ぎのあおりで住宅ローンが流れ、以来賃貸住宅と一時雇いの生活を続けてきた。そんな折り、友人の誘いを受けて借金完済とマイホーム建設を夢見て運送業界に飛び込んだ。現場監督のマロニー(ロス・ブリュースター)から告げられたのは、フランチャイズのオーナー制度であるということだった。車は自分持ち、一日に一定の仕事をこなせば、それが自分の収入につながる。車を手に入れるため、パートの介護士をしていた妻アビー(デビー・ハニーウッド)の車は売らなければならなかった。

 しかし、実際に仕事を始めると、ノルマに追いまくられる毎日だった。1日14時間、週6日の勤務。任された配達コースをこなすには、車を数分間離れることもできない。ノルマがこなせなければ他のドライバーが取って代わる。非人間的な労働環境の中、リッキーはいつしか家族を顧みることができなくなっていた。

 彼には高校生の息子セブ(リス・ストーン)、小学生の娘ライザ(ケイティ・プロクスター)がいた。以前は真面目だったセブは父親の不在が増えるにつれ非行が目立つようになり、ついに学校から呼び出しがかかった。アビーは同行するよう懇願したが、リッキーは仕事を離れることができなかった。マロニーに休暇を申し出たが、代わりの人間を探せば済むことと取り合ってもらえなかった。仕事を終えて学校にたどり着いたものの、校長は帰った後だった。こうしてセブの非行はさらに深刻なものになっていった。車がなくバスで訪問先へ向かうアビーも疲れ果てていた。

 業務中のリッキーはある日暴漢に襲われ、重傷を負った。そのことを病院から携帯電話で報告すると、マロニーから告げられたのは壊れた通信機器の賠償金を払え、というものだった。そばでやりとりを聞いたアビーは思わずマロニーにののしりの言葉を浴びせた。

 しかし、それでもリッキーは仕事に向かわなければならなかった。休めば罰金を取られるだけだからだ。翌日早朝、リッキーは起きだして配達業務で使う不在通知票にメモを書き残して出ていく…。

 原題は「Sorry We Missed You」。配送業者が不在通知で使う常套語である。もちろん、ここではそうした意味ではなく、文字通りの意味で使われている。「あなた(たち)を見失っていた。ごめんなさい」と。新自由主義の波の中で引き裂かれそうになりながら耐えている家族の思いが込められている。砂糖味の邦題より原題こそ作品の内容を伝えている。貧しくとも和やかな団らんの時こそ人々のエネルギーになる、ということをあらためて思わされる。

 ケン・ローチも既に83歳。一時は引退も言われていたが、こうしてメガホンをとったのは、時代の先端を行くかのような業界が、実は非人間的な労働環境の中にあることへの怒りが煮えたぎっているためであろう。地味だが秀作である。

 2019年、英仏ベルギー合作。


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天皇とマッカーサーのせめぎあい~濫読日記 [濫読日記]

天皇とマッカーサーのせめぎあい~濫読日記

 

「9条入門」(加藤典洋著)

 

 憲法9条にあなたは賛成か、それとも反対か。そういう白黒を迫る議論に直面すると、やや困惑する。しかし、運動論としては、そういう物事の立て方はあるだろう。そこで、こう答える。もし、あなたが運動としての答えを求めるのなら9条に賛成の立場だ。しかし、もっと別の次元の議論、例えば政治の、法律の、あるいは国家論の議論としてなら、答えは賛成でも反対でもない。こんな答え方になるかと思う。

 ややこしい書き出しになってしまったが、要は、問題を単純化して賛成とも反対とも答えがたいし、そう答えるには若干ためらいがある、ということだ。

 ここでいうためらいとは何か。一言で言い当てるのはむつかしい。

 加藤典洋(2019年5月16日没)は「敗戦後論」で、戦場で散った兵士を「英霊」として奉る「主体」はあるが、侵略や植民地支配を謝罪する「主体」は、日本人にはないと指摘した。まさしく、これと同じ地平に立って9条を見つめたのが「9条入門」である。

 9条を批判し改憲をもくろむ人たちはこの憲法を「押し付け」だとする。一方、9条を守ろうとする人たちは、はじめから一切の批判を受け付けないように見える。そこで、地に足の着いた議論を目指す加藤は、そのどちらでもなく、つまり「押し付け憲法」かもしれないし、自衛権まで否定してしまっては「非現実的な理想論」かもしれない、という立場から出発する。

 まず重要なのは、9条が第1章の天皇条項とのセットで考えられたことである。占領下の日本で天皇は統治上、必要だったとGHQのマッカーサー元帥は考えた(天皇を統治に利用すべきとする意見は1942年のライシャワー・メモ=「考えられる限り最上の傀儡」=にも見られる)。しかし、連合国の大勢の意見は天皇の戦争責任を問うべき、というものだった。そこで、戦争放棄のため国家主権の一部制限という過激な内容を持つ9条を作り出すことで、天皇制の存続を図った。

 このいきさつを、加藤は精緻に語っていく。背景には連合国間の権力闘争、そして米国政府とマッカーサーの権力闘争があった。その結果、一時的には「マッカーサーのGHQ」は独立王国の様相を呈し(加藤は映画「地獄の黙示録」のカーツ大佐を想起させるという)、しかし、その後の朝鮮戦争勃発、米ソ冷戦の本格化の中でマッカーサーの威光も衰え、ダレス(日米安保の生みの親、後の国務長官)がかじ取り役に代わり、9条も変質していった。

 即ち、マッカーサーが考えた、自衛権さえ持たない国家像(国連が集団安全保障体制を持つことが条件だったが、果たされなかった)は理想論として切り捨てられ、サンフランシスコ講和条約後の日本は、米国はいつでもどこにも軍事基地を造れる、という安保体制へと変質した。

 ところで、この過程で垣間見えた天皇の人間性とはどんなものだったか。この点も詳細に触れられ興味深い。

 まず、1945年9月のマッカーサー・天皇会見。ここで天皇は「戦争には責任がある」とする発言と「東条がやったこと」とする発言をしたとされる。マッカーサーは後に回想録で「戦争には全責任」と発言したとして感動しているが、そうだとすると「東条がやったこと」と結びつかない。加藤はこの謎を、天皇は形式的に「戦争には責任」と発言したが、その後の「東条がやったこと」に重点があったのではないか、と解く。

 また、一時は、戦争責任は免れないと思われた身だったが、マッカーサーによって東京裁判の被告席を回避、しかし、いったん作成された戦争謝罪詔書は闇に葬られ、自らの退位も退けられた。こうして徹底的に政治利用された結果、どのような人格変化が起きたか。加藤は、人間的な苦悶の末に冷厳なリアリストとして米国による安全保障を求める天皇像が出来上がったという(沖縄を軍事基地として半永久的に貸与する提案など好例)。

 ここにあるのは、天皇のニヒリズムと、その反転としての空っぽの理想主義ではないか、と加藤は言う。

 加藤は、9条の出生について詳述した後、敗戦時の8月15日に立ち戻ることを提案する。あの、何もなかったとき(もちろん我々はそこにはいなかったが)に立ち、あらためて平和を考えるうえで何が必要かを自ら考えるべきではないか、という。

 この書は「ひとまずのあとがき」という文章で終わっている。昭和天皇とマッカーサーという二人の人物のせめぎあいと、冷戦の始まり。その後の物語は「おそらく次の本で書くことになるでしょう」としている。しかし、加藤典洋はもういない。惜しい人を亡くした。

 創元社、1500円(税別)。


9条入門 (「戦後再発見」双書8)

9条入門 (「戦後再発見」双書8)

  • 作者: 加藤 典洋
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2019/04/19
  • メディア: 単行本

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これは対岸の火事なのか~映画「国家が破産する日」 [映画時評]

これは対岸の火事なのか~映画「国家が破産する日」

 

 漢江の奇跡をへて韓国は29番目のOECD加盟国となり、経済先進国の仲間入りに沸いていた。しかし1997年、突然の通貨危機に見舞われた。外貨準備高は不足し破産目前だったが、IMF緊急融資によって危機は回避された。その時、得たものと失ったものは何か。ドキュメンタリータッチで描いたのが「国家が破産する日」である。

 韓宝鉄鋼と起亜自動車の経営破たんは韓国経済危機に拡大し、株価と為替の急落を招いた。信用失墜を懸念した米国資本は相次いで撤退。国家は破産の危機に直面した。

 韓国銀行の通貨政策チーム長ハン・シヒョン(キム・ヘス)は早くから通貨危機を予測、報告書を上げた。しかし、政府の反応は鈍かった。ようやく対策会議が開かれ、ハンは破産までの猶予は7日しかないと訴えた。この事態を国民に知らせるべきだとするハンに対し、財務局次官パク・デヨン(チョ・ウジン)は混乱回避のため極秘に対策を進めると主張した。

 その後の対応をめぐっても、ハンとパクはことごとく対立した。パクはIMF融資によって乗り切ろうと主張。ハンは、IMFが融資の前提としてハードルの高い構造改革を提案するだろう、とした。当初、経済首席はハンの案に同意、穏健な対策をとろうとしたが、経済首席は更迭。後任にIMF融資に肯定的な人物があてられた。ハンは、背後にパク次官の動きがあったとにらんだ。

 結局、IMF融資が決まり、専務理事(バンサン・カッセル)ら担当者との対策会議が開かれた。提示されたのは、予測通り韓国内の中小企業にとって死活問題となる厳しいものだった。

 政府金利を12.5%から30%に上げる、外国資本の参入を認める、労働力市場の自由化―非正規労働を認める―など6項目。返済に窮した零細業者が次々倒産するのは目に見えていた。専務理事と同じホテルに米国財務省高官が泊まっていることを目撃、背後で米政府が動いていることを確信したハンはIMF融資を断り、国家を破産させる道を選ぶべきだと主張したが、既に時は遅かった。6項目の提案は認められ、経済危機は乗り越えたが、国内自殺率は前年比42%も増えるに至った。

 そして20年後。ハンが経営する金融コンサルタント事務所を政府の若い官僚が訪れ、経済危機対策へ協力を求めた。ハンは「目を見開いて世の中を見ること。二度と負けたくはない」と応じた。

 こういう映画なら韓国の右に出るものはない、というぐらいうまい作りだ。韓国はこの時の危機から10年後にリーマンショックの余波を浴び、さらに10年後(つまり今)、新たな危機の予兆におびえている。

 ところで、日本はどうだろうか。日銀による「異次元」の金融緩和によって円安、株高が維持されているが、OECD調査によれば、この20年間一般労働者の実質賃金はダウンしている。つまりカネが回っていない。ボデーブローはじわじわと利いているはずだ。経済成長なしの超高齢化社会にかかわらず予算は拡大を続けている(3分の1は高齢者向け社会保障費だ)。防衛費は、米国の言い値でF35、イージスアショアを買い入れ(総額で2兆円?)、トランプ大統領から「日本は裕福な国」と持ち上げられている。日銀がせっせと購入する国債がただの紙切れと化す日は本当に来ないと言い切れるのか。ひょっとしてこれは対岸の火事ではないのではないか。 

 2018年、韓国。原題は「Default」。

 


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実在の政治家を痛烈に皮肉る~映画「LORO 欲望のイタリア」 [映画時評]

実在の政治家を痛烈に皮肉る

~映画「LORO 欲望のイタリア」

 

 ベルルスコーニ。イタリアで世界的な実業家として台頭し、冷戦後の1990年代に政界に転身した。財力を背景に中道右派を統合、頂点に上り詰め、9年間首相(閣僚評議会議長)についた。しかし失言、性的スキャンダル、職権乱用などで批判が絶えず、失脚と復活を繰り返した。

 そのベルルスコーニをモデルにした「LORO 欲望のイタリア」。冒頭、2006年のサルディニアのシーンから、性的スキャンダルと汚職にまみれた政治家像が描き出される(ここではまだベルルスコーニは登場しない)。続いてローマの豪邸で連夜、展開される乱交パーティー。ドラッグと酒浸りの生活。野心に満ちた実業家セルジョ・モッラが担ぐための標的にしたのは、首相の座を降りたばかりのベルルスコーニだった。

 こうした日々の中でベルルスコーニは政界再編へ次々と手を打ち、女性への欲望も満たしていく。そしてついに復活を果たすが、政界裏工作が暴露され再び窮地に。そのため欧州議会議員になる野心を持つセルジョも道が開けない。一方で若い女子大生にひかれたベルルスコーニは「私の祖父と同じ口臭がする」といわれ、落ち込む。

 そんな中、ラクイラで大地震が起きる(2009年)。被災者にニュータウンを作ることを約束したベルルスコーニ。約束は果たされる。ポピュリストの面目躍如だ。サミットでの失言から釈明のためニューヨークの国連本部に向かうはずだったが、ミラノで18歳の少女のパーティーに出ていたことが分かり、未成年買春の疑惑が浮上する。

 震災現場ではキリスト像がクレーンでつり上げられ、フェリーニの「甘い生活」を思わせる展開。そういえば、酒とバラの日々を送っていた人々の頭上にがれきが降り注ぐさまは「ソドムとゴモラ」のようでもある。全編通じてストーリーテリングよりめくるめく映像をつなぎ合わせた印象で、この辺は「気狂いピエロ」のゴダールを想起させる(そういえば先日、アンナ・カリーナが亡くなっていた)。

 2018年、イタリア製作。監督は「追憶のローマ」のパオロ・ソレンティーノ。政治的権力者であった人物をここまで皮肉る映画が作れるとは。さすがイタリア。LOROは「彼ら」。彼らとはベルルスコーニとその仲間のことか、それとも大衆のことか。一筋縄ではいかない作品で、評価はむつかしい。

 

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奇跡の人質救出を淡々と。でも今さらなぜ?~映画「エンテベ空港の7日間」 [映画時評]

奇跡の人質救出を淡々と。でも今さらなぜ?

~映画「エンテベ空港の7日間」

 

 1976年にあったパリ行きエールフランス機ハイジャック事件とエンテベ空港でのイスラエル軍による奇襲作戦は、いまもよく覚えている。おそらく、歴史上これだけ鮮やかな人質救出作戦はなかったのではないか。それだけに、これまで記憶するだけで3度の映画化がなされた。そのうち1本はイスラエル製作である。

 そのぶん、なぜいまさらという感がぬぐえない。一方で、米国映画界のイスラエル資本が幅を利かせ「イスラエル万歳」の映画になるのではと危惧したが、それは杞憂だった。テロリスト、イスラエル政府、エンテベ空港のあるウガンダのアミン大統領と、比較的客観的にバランスよく描き出していたように思う。

 事件は、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)の分派と、西ドイツ(当時)の過激派計4人によって起こされた。人質は乗員乗客合わせて160人。交渉過程でこのうちイスラエル人を除いて数次にわたって解放されたが、なお100人以上が拘束されていた。事件発生から7日後、イスラエル軍の極秘部隊が突入、人質のうち4人は死亡したものの残りの全員が救出された。

 西ドイツの過激派テロリスト、ブリギッテ・クールマンにロザムンド・パイク(ホントよく出るな)。事件の7日間を淡々と追った、という印象。それだけに、なんで今さらこんな映画が必要なのか、という疑問は最後までぬぐえなかった。イスラエル軍の側で唯一の死者は奇襲部隊の指揮をとったネタニアフ中佐。彼の弟が後にイスラエル首相になったという。これが唯一の興味深い情報だった。

 2018年、英米合作。 


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戦場でジャーナリズムに何ができるか~映画「プライベート・ウォー」 [映画時評]

戦場でジャーナリズムに何ができるか

~映画「プライベート・ウォー」

 

 伝説の戦場記者メリー・コルヴィンを描いた準ドキュメンタリー。メリーを演じるのは「ゴーン・ガール」で注目され、最近、相次いで主役作品が封切られているロザムンド・パイク。監督は「ラッカは静かに虐殺されている」のマシュー・ハイネマン。

 「ラッカは…」はIS(イスラム国)支配下のラッカから、非人道的な支配ぶりを世界に伝えたRBSSの活動を描いた。RBSSは一連の報道で、ISから「処刑宣告」を受けた。この映画で問われたのは、ジャーナリズムは戦場で何ができるか、だった。

 ハイネマンは同じテーマを、メリー・コルヴィン記者の生き様を通して問うた。

 英国紙サンデー・タイムスの米国人記者メリーは特派員として戦場を飛び回っていた。2001年、彼女はスリランカに向かい、タミル・イーラム解放のトラと行動を共にする。戦闘で銃弾の破片を浴び、片目を失ったが帰国後、英国プレス賞の外国人記者賞に輝いた。2003年にはイラク・フセイン政権によってクウェート人が虐殺され多数埋められた、との情報を得てバグダッドに飛び「墓場」を暴き出した。

 彼女が見たものは戦争の残虐さと、巻き込まれて涙する一般市民の哀しみだった。PTSDに苦しみながらも「あなたは戦場を見すぎている」という上司の忠告に耳を貸さず「私が見ているのは、限界を越えて耐えている民間人の勇気だ」「戦争報道で現状を変えられるか」という自問自答の中で、再び戦場へと向かう。

 2009年のアフガンに続いて2011年にはリビアに向かい、カダフィ大佐に容赦ない質問を浴びせる。そして2012年、シリア。激戦地ホムスから民間人2万8000人が包囲されているという「現実」を発信。アサド大統領の「嘘」を暴き、シリア軍の標的にされる。撤退命令を出す上司を無視し、ついにシリア軍機の爆撃によって命を落とす…。

 題名の「プライベート・ウォー」は、なかなかに深い。直接的にはメリー・コルヴィン記者の内面の葛藤=ジャーナリズムに何ができるか=を指していると思うが、広く考えれば、民間人を犠牲にして顧みないオフィシャルな戦争などあるのか、戦争はすべて「私戦」ではないのか、と問うているようだ。

 2019年、英米合作。


RBSS Raqqa is Being Slaughtered Silently(ラッカは静かに虐殺されている)。ラッカの現状を伝えるため、現地の市民らを中心につくられた運動体。情報発信にスマホの動画などが使われた。詳しくは「ラッカは静かに虐殺されている」の項参照。


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二人の巨人へのコンパクトなガイダンス~濫読日記 [濫読日記]

二人の巨人へのコンパクトなガイダンス~濫読日記

 

「戦後思想の到達点 柄谷行人、自身を語る 見田宗介、自身を語る」(インタビュー・編 大澤真幸)

 

 柄谷行人と見田宗介。ともに現代思想の巨人であることは間違いない。しかし、そのすそ野の広さゆえに、なかなか頂上を目指す気になれない。柄谷の「世界史の構造」は気になっているがまだ読んでいないし、彼の漱石論も、いまだ手に取っていない。わずかに「坂口安吾論」と「遊動論」を読んだ。前者は文学論としてなんとか読み終えたが、後者は理解が追い付かず、ついに読み切れなかった。見田の「まなざしの地獄」は、社会学者の範疇を超えた仕事だと思う。が、そのほかについては、いまだ未開の地である。

 そうした私にとって、柄谷と見田が、大澤のインタビューによって自己解剖をしたこの書は、格好の、そしてコンパクトな針路図になるに違いない。そんな思いに駆られて手に取った。

 二人へのインタビューの前に、それぞれ「イントロダクション」が付いている。柄谷には「世界史の構造」への、見田には、「価値論」の神髄部分と、近代を総体としてとらえた「気流の鳴る音」へのガイダンスである。これが大変にありがたかった。ともに、ぼんやりとは理解しているのだがなかなか実体としてとらえ切れていなかったものが、より身近に感じられたのだ。

 見えるものは、二人がどのようにマルクスを超えようと格闘したか、である。柄谷は生産様式の変遷ではなく、交換様式の変遷を軸に世界史を構造化したし、見田は近代における価値論を、経済的なそれではなく、質の問題としてとらえた。そこにそれぞれの「マルクスを超える」観点があった。

 柄谷は、「世界史の構造」で、①互酬交換②服従と保護③商品交換―の次に、新しい交歓様式の時代が来るという。それは、①の互酬交換を基礎としながら、さらに②と③をくぐり、止揚したものであるという。つまり、①と④の共通概念は「遊動性」であり、④は①の高度な回帰だという。柄谷はここで、カントのいう「世界共和国」の理念を念頭に置いているようだ。

 見田へのインタビューでは、当然ながら「まなざしの地獄」にも触れている。連続射殺事件を起こした永山則夫を取り上げたが、従来、永山は貧困、差別、疎外、階級的視点というサイクルの中でとらえられてきた。見田はこれに対して「人生のひしめき」としての社会、という概念を持ち込み永山という人間を描き直した、という。見田は「価値の四象限」(価値意識の理論)を考察する中で、美・真・幸福・善を究極の価値としたが、その反転として永山事件を考察、社会における実存とは何か、を追究したのである。

 このほか、この書には広大な知的フィールドの広がりが感じられる。行ってみる価値はありそうだ。このおぼつかない足取りではどこまで行けるか、分からないが。

 NHK出版、1300円(税別)。


戦後思想の到達点: 柄谷行人、自身を語る 見田宗介、自身を語る (シリーズ・戦後思想のエッセンス)

戦後思想の到達点: 柄谷行人、自身を語る 見田宗介、自身を語る (シリーズ・戦後思想のエッセンス)

  • 作者: 柄谷 行人
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2019/11/25
  • メディア: 単行本

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「戦後」は終わったのか、を考えるために~濫読日記 [濫読日記]

「戦後」は終わったのか、を考えるために~濫読日記

 

「戦後史」(中村政則著)

 

 「あとがき」によれば「戦後史」と銘打った著作は過去に1冊しかない。北村公宏著の上下2巻(筑摩書房、1985年)。刊行時期の関係で、中曽根康弘内閣までしか追いきれていない。その後、89年にベルリンの壁が崩壊、ソ連も消滅した。冷戦の終りは、日本国内の政治、経済にとってもインパクトのあるできごとだった。さらには、さまざまな歴史認識の書き換えにもつながった(少なくとも、つながるはずであった)。これらが2冊目の「戦後史」を書くに至った、主要なモチベーションだったことは想像に難くない。

 著者の視点の特徴は、大きくいえば二つある。「貫戦史」論と「60年体制」論である。貫戦史とは、戦争を時代の絶対的な画期としない考え方。戦前と戦後を断絶させることなく、システムのつながりをあえて是認していく。米国の歴史家ジョン・ダワーもそうした考え方をとる。

 そのうえで著者は戦後を4区分するが、重要なのは、敗戦から高度経済成長に至る時代区分である。朝鮮戦争、サンフランシスコ講和条約締結から保革再編による55年体制発足までをとらえて55年を区切りとする考え方もあるが、著者はあえて安保闘争の年、60年を区切りとした。後は、高度経済成長が終わる73年まで、バブルが崩壊する90年まで、湾岸戦争や9.11同時テロがあった時代―。ちなみに、あとがきが書かれたのは2005年5月3日。その時点までがカバーされていると考えられる。政権でいえば小泉純一郎内閣までである。

 なぜ、第一と第二の時代区分を55年とせず、60年としたのか。著者はこう述べている。

 ――この時代にこそ外交、政治、経済、思想、文化の面で、50年代とは違う事態の出現を確認したからである。とくに重要なのは、貿易と資本の自由化、IMF、ガット、OECDなどへの加盟である。これによって日本は戦後はじめて「開放経済体制」の中に投げ込まれた。

 狭い意味での「戦後」の終焉を60年に見ているのである。では、一般的な意味での戦後(広い意味での戦後)は終わったことになるのか。この問題を考えるには、いわゆるアジア・太平洋戦争とは何だったかを定義づける必要がある。この点について、著者は以下のように整理する。

 

 ①中国に対しては侵略戦争

 ②東南アジア諸国に対しては、謝罪

 ③英米仏蘭に対しては、帝国主義戦争で、日本だけが悪いのではない

 ④1945年8月のソ連軍の満州侵攻は、日ソ中立条約違反の侵略

 

 こうしてみると、経済的な意味での「戦後」は終わったかもしれないが、対外的な意味での「戦後処理」は、まだまだだと思われる。特に、東南アジア諸国への「謝罪」が終わらない限り日本の戦後は永久に終わらない、という視点は、私も同感である。近年、ソ連の対日侵攻が一方的に断罪される傾向にあるが、もちろん背景にソ連の消滅(=社会主義勢力の退潮)があることは否めない。

 小泉内閣までの「戦後史」では、現時点で不足ではないか、とする向きもあるかもしれないが、私はそうは考えない。それ以降の政権(特に安倍晋三内閣)で、検証に値する前進や成果がないからである。

 このほか、歴史的事実の叙述にとどまらず、著者の個人的な体験、記憶に基づく印象、あるいは主張も各所に盛り込まれ、血の通った魅力的な「戦後史」と思われる。

 岩波新書、860円(税別)。

 


戦後史 (岩波新書 新赤版 (955))

戦後史 (岩波新書 新赤版 (955))

  • 作者: 中村 政則
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2005/07/22
  • メディア: 新書

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