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少女が書いた神に背く物語~映画「メアリーの総て」 [映画時評]

少女が書いた神に背く物語~映画「メアリーの総て」

 

 細部はともかく、フランケンシュタインの話は知っていた。科学者フランケンシュタインが狂気じみた研究の末、人造人間を作り出す(フランケンシュタインは人造人間でなく、彼を生み出した科学者の名前)。頭脳明晰、優れた肉体的能力も併せ持つ理想の「人間」のはずだったが、作り出されたのは醜い姿かたちをしていた。それゆえ、人間社会から拒絶され…という話だったと思う。たびたびB級映画の題材にもなった。我々が知っているのは、こうした映画のおかげである。

 この「フランケンシュタイン」を書いたのは誰か、にまで思いを巡らせたことはなかった。書かれたのは19世紀初頭、ナポレオンの時代が終わるころ、書いたのは18歳の少女、となるとびっくりである。単なる怪奇小説にとどまらないこのお話、中国のゲノム編集の話題に先立つこと2世紀、神をも恐れぬ行為が、絶望の結末とともに一冊の本に盛り込まれた。では作者はどんな女性でどんな思想の持ち主だったか。そこに焦点を当てたのが映画「メアリーの総て」である。

 女性解放の思想を持ち自殺した母の墓の前で本を読むのが好きだったメアリー(エル・ファニング)。作家である父ウィリアム・ゴドウィン(スティーブン・ディレイン)とロンドンで暮らしていたが、継母との折り合いが悪く、スコットランドの父の友人のもとに一時避難した。ある日の読書会で、気鋭の詩人パーシー・シェリー(ダグラス・ブース)と出会う。やがて父のもとに帰ったメアリーは、再びシェリーと出会うことになる。父への弟子入りを志願してきたのだ。

 恋仲になったメアリーは、シェリーを追って駆け落ち同然に家を出た。父は「お前の人生だ。覚悟して生きろ」と送り出す。シェリーには妻子があった。しかも自由恋愛を唱えるシェリーにメアリーの心はずたずたにされる。やがて子供を産むが、借金の取り立てを逃れるため夜の雨中を歩き、子供を死なせてしまう。

 バイロン卿の別荘に身を寄せた二人だが、そこで「一人ずつ怪奇譚を書こう」と持ち掛けられ、失意のメアリーはフランケンシュタインの物語を書く。内容があまりに暗いため、どこの出版社も取り合ってはくれず、やっと小さな出版社が匿名で、序文をシェリーが書くことで500部請け負った…。

 これが、今日まで延々と語り継がれてきた「フランケンシュタイン」の物語の始まりだった。原題には「あるいは現代のプロメテウス」と副題がついた。プロメテウスはギリシャの神で人類に火を与えたとされ、人間の創造者ともいわれる。「フランケンシュタイン」は神に背く物語であったのだ。「神は死んだ」とニーチェが叫んだ時より半世紀も前のことである。ヨーロッパの近代は神と科学の相克の時代というが、そのことを彷彿とさせる。異端の詩人シェリーの振る舞いも近代的自我の萌芽を思わせる。予想より内容が濃く面白かった。

 2017年、イギリス、ルクセンブルグ、アメリカ合作。


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