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本当の主役は…~映画「散り椿」 [映画時評]

本当の主役は…~映画「散り椿」

 

 原作は昨年末に亡くなった葉室麟。直木賞をとった「蜩ノ記」は映画化された。幽閉された男のもとに向かう若い藩士を岡田准一が演じた。「散り椿」ではその岡田准一が、ある事件で藩を追われ、流浪の末に藩に舞い戻る男を演じる。

 葉室の小説を読んで(といってもそれほど多くの作品を読んではいないが)感じるのは、シーンを重ねてストーリーを展開させる手法である。吉田修一を読んだときにも感じる手法だが、吉田は現代を主舞台とするだけに物語の時間軸は長くない。葉室のように時代小説のフレームで藩や家をテーマにすれば、時間軸は必然的に長くなる。シーンを丹念に重ねれば読者に分かりやすいが、展開のテンポの鈍さというハンディキャップもある。

 もう一つ、葉室の特徴として、時代小説としては女性の心の襞がこまやかに描かれていることだ。「蜩ノ記」でも、最期の日を迎えた戸田秋谷と妻・織江のつつましやかな心の交流が描かれる。特に織江の、一晩泣き明かしながら毅然として「その日」を迎える姿が印象的だ(映画ではその辺が淡白だったが)。

 瓜生新兵衛(岡田准一)は、藩の不正を訴えたが聞き入れられず、逆に藩を追われる。8年後、連れていた妻・篠(麻生久美子)は病の末亡くなる。間際、かつての屋敷にあった散り椿を見にいってほしい、との言葉を残して。こうして新兵衛は藩に戻る。城代家老・石田玄蕃(奥田英二)と藩の名産和紙を商う田中屋惣兵衛(石橋蓮司)の、カネをめぐる構図はかつてのままだった。

 新兵衛は篠の妹・坂下里美(黒木華)とその弟・藤吾(池松荘亮)のもとに転がり込む。新兵衛は剣の達人で、かつては西山道場(原作では平山道場)の四天王と呼ばれた。同じ四天王の一人、榊原采女(西島秀俊)は藩内で出世を遂げ、次期藩主の側用人にもと目される。しかし、采女には一つの秘密があった。8年前の父・平蔵殺害事件である。切り口から、道場四天王の一人と見られていた…。

 原作と映画では、いくつか変更点がある。新兵衛の流浪が、原作では18年だが映画では8年に、そのためか、里美と藤吾の関係は親子から姉弟に。原作では藩主の直命組織・蜻蛉組が登場するが、一切省略されている。平蔵斬殺の切り口とされた雷(いかづち)切りが蜻蛉切りに…。このうち、時間軸の短縮と主要人物の関係の変更はキャスティングによるものだろう。

 映画は、新兵衛と采女のつかず離れずの関係の中で、闇に葬られていた事件と不正なカネの流れの構図が次第に明らかになる。アウトローと体制内改革派が手を組んだ形、といえばいいか。原作では藩の家督争いにまで事件の構図が及び、それゆえに蜻蛉組が暗躍するのだが、そのあたりも省かれている。

 新兵衛と采女が主役のようだが、実はこの二人を死の間際の言葉で操った篠こそが、つまりは、一人の女性が武士を操ったという、時代劇にしてはまれな展開。本当は、女性が主役のメロドラマである。

 監督は木村大作。「剱岳 点の記」や「春を背負って」で山岳映像美をスクリーンに展開した。「散り椿」でも、さりげなく残雪の高峰(立山連峰あたり?)を登場させている。脚本は「蜩ノ記」の監督・小泉堯史。2018年製作。


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散り椿 (角川文庫)

散り椿 (角川文庫)

  • 作者: 葉室 麟
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2014/12/25
  • メディア: 文庫

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