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「正義」を揺るがす二人の過去~映画「判決、ふたつの希望」 [映画時評]

「正義」を揺るがす二人の過去~

映画「判決、ふたつの希望」

 

 ヨルダンの首都ベイルート。工事現場の監督ヤーセル・サラーメ(カメル・エル・バシャ)は、ささいなことから近くの住民トニー・ハンナ(アデル・カラム)とトラブルになり「このクズ野郎」とののしってしまう。建築会社の社長は問題がこじれるのを恐れ、ヤーセルに謝罪に行くよう促す。ところがその場でトニーは「シャロンに抹殺されればよかった」と悪態をついてしまう。

 ヤーセルはパレスチナ難民、トニーはレバノンのキリスト教右派政党マロン派の熱心な支持者だった。シャロンはイスラエル国防相として1982年にレバノンからPLOを撤退させ、親イスラエル政権を作った当事者。パレスチナ難民にとっては最大の侮辱的言辞であった。ヤーセルはトニーを殴りつけ、肋骨2本を折る重傷を負わせる。

 トニーは法廷で争うが、ヤーセルはこの時の侮辱的な言葉を明かさず(プライドが許さなかったのだ)、いったんは証拠不十分との判決が下る。控訴審では、ヤーセルの側の女性弁護士ナディーン・ワハビーとトニーの側のワジュディー・ワハビーが激しく対立(二人の弁護士は親子関係)。この中でヤーセルに浴びせられた侮辱の言葉が明らかになった。傍聴席だけでなく、市民を巻き込んだ対立と悪罵の応酬が繰り広げられ、ついには大統領が仲裁に乗り出す。ほんのささいなケンカが、国を二分する騒動になった。

 ここから、法廷劇は別のステージに移る。ワジュディーが、トニーの出身地がダラームであることを突き止めたのだ。1976年、ムスリム系の武装組織がマロン派の住民を襲い500人を虐殺するという事件が起きた地である。

 二人の男の何気ないいさかいの背後にある、抜き差しならない過去。正義とか善意とかが、なんと薄っぺらに見えることか。裁判長はどんな判決を下すのか…。いずれにしても、判決は下る。しかし、二人の男の間にはなにかが通じ合う。

 原題はそのものずばり「THE INSULT(侮辱)」。邦題ではこれを「ふたつの希望」と言い換えた。一つは、どうにもならない過去を引きずりながら互いの痛みを知り、どこかで共感しあう二人の姿に対して。もう一つはなんだろう。ぎりぎりのところで理性を失わなかった法廷に対して、か。

 2018年、レバノン、フランス合作。レバノン出身のジアド・ドゥエイリ監督が自身の体験に基づいて作ったという。そのせいもあってか、ぐいぐい引き込む手法が魅力的だ。


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