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「絶対悪」の細目はこうして決まった~映画「ヒトラーのための虐殺会議」 [映画時評]

「絶対悪」の細目はこうして決まった
~映画「ヒトラーのための虐殺会議」


 「流言のメディア史」で佐藤卓己はこう書いている。
 ――ヒトラーを絶対悪の象徴とすることで、逆にヒトラーは現実政治を測る物差しになった。キリスト教世界においては、絶対善である神からの距離において人間の行為は価値づけられてきた。19世紀にニーチェが宣言した「神の死」、つまり絶対善が消滅した後、あらゆる価値の参照点に立つのは絶対悪である。
 ヒトラーは神なき現代社会において、人間的価値の「審判者」になった、という。もちろん絶対悪として。
 ヒトラーが、否定的な意味でだが、審判者である最大理由はホロコーストの発案者であり実行者であるからだろう。

 アウシュヴィッツ収容所でガス殺が始まったのは1942年6月。4411月までに110万人が犠牲になった(石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」から)。
 ヒトラーは当初、ユダヤ人「絶滅」を考えていなかったという。「人質」として対米、対英の外交的「資源」に活用を考えていたようだ。情勢が変わったのはドイツが米国に宣戦布告した4112月。外交的活用の道がなくなり、全欧ユダヤ人絶滅へと舵を切った。
 ヒトラーの方針を受け、ナチス高官による絶滅作戦実施のための会議が開かれた。呼びかけたのはラインハルト・ハイドリヒ。国家保安本部のトップで、ベーレン・メーレン保護領の副総統。「プラハの虐殺者」と呼ばれた(42年5月、英国コマンドがプラハに潜入、暗殺)。このヴァンゼー会議でホロコーストの細目が決まったことで、ハイドリヒはホロコーストの首謀者とされた。当初12月の開催予定だったが、日本軍の真珠湾攻撃のため翌年に延期された。

 ようやく、映画「ヒトラーのための虐殺会議」にたどり着いた。ヴァンゼー湖畔、ある富豪の邸宅に高官15人と秘書1人が集まり、120日正午から1時間半。映画の冒頭、議事録に基づいて製作、と注釈が入る。アイヒマンが作成した。彼は一貫して実務に忠実な官僚としてふるまう。あくまで「法に忠実な市民」である。アンナ・ハーレントが「イェルサレムのアイヒマン」で描いた「凡庸な悪」の横顔のままだ。会議もまた、どこかの経営会議を思わせるようにビジネスライクに行われる。
 ヒトラーが提示した方針に沿うと、絶滅すべきユダヤ人は1100万人。そのための収容所が6か所建設されることが明らかにされた。当初、銃殺が考えられたが「非効率」という理由で(少なくとも銃弾は1100万発いる)、ガス殺に変更された。高齢者で労働可能な人々の絶滅には異議が出た。第一次大戦では「味方」として戦ったからだ。そこで、収容所内で労働力として扱う方針が出される。しかし、最終的には死が待つ。

 会議での発言が、延々と紹介される。議事録に沿っているから、おそらく正確なのだろう。休憩中の雑談めいたやり取りも紹介されるが、会議の外の様子が映像化されることはない。ナチの戦慄すべき作戦がこうして決まったのだと、あらためて確認することに意味がある、といった作品である。
 2022年、ドイツ。監督マッティ・ゲショネック。製作年は、会議から80年にあたる。


ヒトラー.jpg



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