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人類はなぜ「愚者の無駄骨」を繰り返すのか~濫読日記 [濫読日記]

人類はなぜ「愚者の無駄骨」を繰り返すのか~濫読日記


「戦争の文化 パールハーバー・ヒロシマ・911・イラク」(ジョン・ダワー著)


 日本の占領期を日本人以上に深い洞察力で再現した「敗北を抱きしめて」のジョン・ダワーが9・11と直後のイラク戦争に直面した米国の動向と、かつての日米間の戦争の歴史を縦横に分析、上下2冊にまとめた。
 ダワーには、近代日本だけでなく「忘却のしかた 記憶のしかた」や「アメリカ 暴力の世紀」など、最近の米国に対する批判的な論集もある。いわばこうした支流が集まって大河になるように、一つの結節点としてまとめられたのが「戦争の文化」ともいえる。

 偏狭・傲慢・偏見
 ここでいう「戦争の文化」【注1】とはなんであろうか。手元の辞書【注2】では、文化とは「自然に対して、学問・芸術・道徳・宗教など、人間の精神の働きによってつくりだされ、人間生活を高めてゆく上の新しい価値を生み出してゆくもの」とある。一般的すぎるので、この定義をベースにしつつ「戦争の文化」の中から該当箇所を探ってみる。

 ――自分に都合のよい思考、内部の異論を排除し外部の批判を受け付けない態度、過度のナショナリズム、敵の動機や能力を過小評価する上層部の傲慢といった「戦争の文化」(以下略)
 ――戦争の文化のもうひとつの側面は、文化的・人種的偏見がつきまとうことである。日米戦争がそうであった(以下略)=いずれも「日本語版への序文」から。

 偏狭、傲慢、偏見。これらは、開戦の決断や戦争の遂行にあたって「理性とはレベルの異なる巨大な要因」だと著者はいう。そして「兵器や情報収集技術はかつてなく洗練されたが、人間の生の感情や判断力は、エリートたちの世界でもそれほど変化していない」のである。このことを、60年という時を隔てて二つの事象の中に探求していく。第二次大戦と9・11.それに続くイラク戦争である。

 9・11では「グラウンド・ゼロ」という言葉が使われた。もともと広島、長崎の爆心地を表した。当時のブッシュ大統領はアルカイダ無差別テロ攻撃による被害を、言葉の剽窃によって巧妙に聖地化したのである。この行為は、もう一つの歴史的犯罪をも明らかにした。広島、長崎への原爆投下自体が「無差別テロ」ではなかったか。著者は原爆投下やその前の日本本土無差別爆撃もテロ行為であったとしている。
 ブッシュ政権は「テロとの戦い」「衝撃と畏怖」を掲げ、イラク戦争に踏み込む。「衝撃と畏怖」とは「テロ」の本質そのものであるが、ブッシュ政権によるそのことへの言及はない。日本への原爆投下も、イラクへの開戦も「偏狭、傲慢、偏見」そのものといえる。

 あぶりだされるのは、危機予測における無能、合理性を装った希望的観測、歴史と現状に関する想像力の異様なほどの欠落―である。それらが引き寄せるのは「愚者の無駄骨」【注3】である(「プロローグ」から)。むろんこれは、イラク開戦時の米政権に限ったことではない。真珠湾攻撃によって米国と開戦した日本の軍部をも指している。

 9・11は多くの米国人に「真珠湾」の記憶を蘇らせた。それはシステム的な予知能力の欠如という、屈辱的な感情を含む暗号となった。いうまでもなくアルカイダと日本は別次元の存在である。しかし、米国から見れば日本の真珠湾攻撃はありえないことであったし非合理的思考の結果でもあった。その意味で真珠湾はアジア的非合理性=西欧文明の優越性を表す暗号となりえた。それは、イスラム社会に対する西欧社会の優越性と同義語でもあった。

 定式化できない「アニマル・スピリッツ」
 著者は1941年の真珠湾攻撃を、戦術的には華麗だが戦略的には近視眼的な愚行であったとする。そのうえで「戦略的愚行に似て、経済的愚行においても日本は先例となっていた」と指摘する。1990年代から2000年代初めまでの不動産バブルを引き金にした経済危機を指す。この原因を探る中で著者は数量モデルだけで定式化できない「アニマル・スピリッツ」の存在があるという(下巻292P、エピローグから)。これは経済分野に特有のものでなく「深い心理学的、制度的な病理の反映」であり「その病理の中にけっして消えてなくならない戦争の文化が含まれている」とする。人類はこの「欺きの思考様式を真に制御し、乗り越える力を身につけられるか」。著者は「最良の場合でも『大いに不確実』」だという。「実現するには、これまでとは根本的に異なる信条と理性が必要とされる」―。おそらくここに、著者の結論の核心があると思われる。
 岩波書店、上下各2800円(税別)。

【注1】原題も「CULTURES OF WAR
【注2】国語大辞典(小学館)
【注3】著者はこの言葉に「愚者の黄金」を対比させている。見せかけの黄金を見つけ、喜ぶ行為を指している。


戦争の文化: パールハーバー・ヒロシマ・9.11.イラク ((上))

戦争の文化: パールハーバー・ヒロシマ・9.11.イラク ((上))

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2021/12/07
  • メディア: 単行本
戦争の文化: パールハーバー・ヒロシマ・9.11.イラク ((下))

戦争の文化: パールハーバー・ヒロシマ・9.11.イラク ((下))

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2021/12/07
  • メディア: 単行本

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