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戦後史を考える格好の一冊~濫読日記 [濫読日記]

戦後史を考える格好の一冊~濫読日記


「戦後民主主義 現代日本を創った思想と文化」(山本昭宏著)

 著者の山本昭宏は「核エネルギー言説の戦後史」「核と日本人」「大江健三郎とその時代」を相次いで問うてきた。この「戦後民主主義」も、その延長線上にあるといっていい。あえていえば、少し違っているのは次の一点である。
 これまで「核エネルギー言説」や「日本人の核意識」「大江健三郎」といったスコープで戦後史をとらえてきたが、視野を少し広げて「戦後民主主義」という「総論」に近いもので戦後史をとらえようとした。
 では「戦後民主主義」とは何か。
 著者は「はじめに」で簡潔、的確に答えを出している。憲法に基づいた民主主義▽戦争放棄による平和主義▽法の下の平等の徹底―であり「『戦後日本』に支配的だった制度と価値のシステムの総称」と定義づける。このうち「民主主義」については終章であらためて触れ「直接的民主主義への志向性」と踏み込んでいる。
 こうした認識に立ち、対象期間を「敗戦時から現代まで」とした。著者も触れているとおり「戦後民主主義」をテーマとして現代まで通時的に追った著作は見かけない。そのうえで期間の区切りを見ると、第1章は敗戦から占領期にかけて、第2章は講和条約から安保闘争にかけて、第3章が安保から全共闘運動の衰退まで、第4章が昭和の終わりと湾岸戦争―PKO協力法案の時代、第5章が自民党下野―55年体制の終了から現代まで。なぜここまで詳しく紹介したかといえば、著者が戦後史の曲がり角となるエポックを、それぞれどうとらえているかが透けて見えるからである。
 そのうえで大まかな感想を言えば、「戦後民主主義」が少なくとも社会的に有効性を持ちえたのは昭和の時代までだった、ということである。この書ではあまり触れられていないが、昭和の終わりは冷戦の終わりと、ほぼ時期的に重なる。もちろん、偶然にではあるが。戦後民主主義という「システム」が成立しえたのは「冷戦」と表裏一体の思想だったから、ともいえる。言い換えれば、戦後民主主義の光と影―憲法による一国平和主義や、日米安保を黙認、前提とした非核思想―は、冷戦の事実に目を閉ざした結果であるともいえる。ここに小選挙区導入という政治改革がかぶさった。その中で、戦後一貫して平和思想の担い手だった社会党は消滅の事態を迎えた。
 戦後日本を支えたシステムの変遷を、政治思想だけでなく小説、映画など大衆思想にまで立ち入ってとらえようとした興味深い一冊である。そのうえで著者に期待を込めてなお求めるとすれば、山田洋次監督の「男はつらいよ」48作は、戦後民主主義とどうかかわるのだろうか、あるいは石牟礼道子の「苦海浄土」はどのような位置関係にあったのだろうか、彼女とかかわりのあった谷川雁の「原点が存在する」の「原点」は、どのような位置関係になるのか、などが知りたいと思う。
 そのうえで、加藤典洋が「敗戦後論」で問うた憲法の選び直しの問題とアジアを見すえた戦争責任が掘り下げられたら、なおよかったように思う。
 戦後史を考えるうえで、目配りの利いた労作であることは間違いない。
 中公新書、920円(税別)。


 戦後民主主義-現代日本を創った思想と文化 (中公新書 2627)


戦後民主主義-現代日本を創った思想と文化 (中公新書 2627)

  • 作者: 山本 昭宏
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2021/01/18
  • メディア: 新書


 


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