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アイデンティティーと共同体を考えるヒント~濫読日記 [濫読日記]

アイデンティティーと共同体を考えるヒント
~濫読日記

 「アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治」(吉田徹著)

 この一冊を読んで頭に浮かんだのは、糸井重里のキャッチコピー「おいしい生活」だった。「便利」でもなく「豊か」でもなく「おいしい」生活。「一行力」(2004年)の著者岩永嘉弘は「時代の気分をとらえていた」から「長らく人々の記憶に残った」と書いた。1982年の西武百貨店のコピーだった。人と同じ、ではなく自分にとっておいしい(いい)生活、という資本主義社会での欲望のありようをうたった。それが時代の潮目に合致したため、人々に受け入れられた。
    ◇
 米国ではこれまでの民主党路線とも共和党路線とも脈絡のないトランプ政権が誕生した。日本では戦後レジームからの脱却を唱える安倍晋三政権が登場した。ともに退場となったが、これらの政治潮流はどう位置付ければいいのか、今も戸惑いの渦中にある。そんな時、「いま」という時代の思想潮流の見取り図を示すのが「アフター・リベラル」である。
 タイトルが示すように、著者はまず「リベラル」をめぐる思想軸を基本に置き、そこから現在の思想潮流を俯瞰する。手順は、こうである。
 政治は大きく変容しつつある。従来の「共同体」「権力」「争点」という政治のトライアングルが崩れつつある、ということでもある。戦後世界が築いた「リベラル」な国家像が崩れ、「怒り」の政治が取って代わっている。
 従来の政治の三要素はどのように築かれたか。世界は二つの大戦でファシズムを打倒し、冷戦終結で共産主義にも勝利した。見えてきたのは、F・フクヤマがいう「歴史の終わり」、即ち米国型民主主義が世界を平定する時代ではなく、経済的リベラルの一定の抑制(資本主義の囲い込み)と政治的リベラルの一定の取り込み(社会保障制度の拡充)による妥協的社民国家の誕生だった。言い換えれば、リベラルと民主主義の結合である(この二つはもともと方向性の違うもので、一体化するためには人為的な力が必要である)。
 しかし、この国家像は破たんする。背景にあるのは、製造業の頭打ちによってやせ細り展望を失った中間層の存在である。ここにグローバリズムという要素が加わった。トランプのアメリカによってこの図式は一段と明確化された。
 著者は「リベラル」を政治的、経済的という二つの側面に分けて説明する。政治的リベラルは価値の平等化と個人の解放を迫り、経済的なリベラルは無制限の資本主義を希求する。したがって経済的リベラルは富の不平等化を黙認する。しかし、戦後世界はこの二つの「リベラル」を、一定のバランスの中で取り込んだ。こうして出来上がった世界の政治のトライアングルが崩れつつある、というのが著者の現状認識である。
 では、トライアングルはどのように崩壊しているか。共同体の代表格は国家であるがグローバリズムの進展で国境は流動化▽権力のリソースである労組や家族は衰退▽政治の争点であった富の分配は後退し、家庭の在り方や生き方をめぐる価値の分配(解放)が優先的に考えられるようになった。この変化に政治が有効に対応できないため、かつて社会の中心にいた中間層は没落、取り残され、政治的なアプローチ方法を見出せないまま「怒り」を噴出させている。
 こうした政治の現状は「アイデンティティーの空白」を生んだ。その間隙をぬって登場したのが権威主義である。こうして、かつての保守対革新という政治の構図が、リベラル対権威主義に変わりつつある。著者もいうとおり「法と秩序」はトランプの常とう句だった。「反リベラル」が今日のニューライト、極右ポピュリズムを生んだ。
 個人のアイデンティティーを基軸にした思想は、いつ、どのように生まれたか。著者は1968年革命が源流だとする。フランスに始まり世界を席巻した若者の運動である。しかし、運動の後退で思想の内閉化が進んだ。こうした価値観の変革に対抗して生まれたのが新自由主義であり、ニューライトの思想である。
 著者の視点はここから歴史認識の問題、テロリズムと宗教の問題、ヘイトクライムの問題へと展開する。
 結論として言えば、著者はここであるべき未来絵図を示してはいない。あくまで現状の「見取り図」の提示である。しかし、現代思想の原点は「アイデンティティー」と「リベラル」であり、問われているのは、これと共同体の間にどのような紐帯を築けるか、ということになる。そうした文脈の上で、この一冊は重要なヒントになりそうだ。
 講談社現代新書、1000円(税別)。

アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治 (講談社現代新書)

アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治 (講談社現代新書)

  • 作者: 吉田徹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/09/16
  • メディア: Kindle版

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