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世界の「いま」を見直すために~濫読日記 [濫読日記]

世界の「いま」を見直すために~濫読日記


「ドイツ統一」(アンドレアス・レダー著、板橋拓己訳)


 ベルリンを訪れた際、「壁」を見にいった。6年前のこと。部分しか残っていないそれは、落書きともイラストとも判別できないものでおおわれていた。ブランデンブルグ門では、痕跡しかなかった。「鉄のカーテン」の象徴とされた壁は、既に歴史のかなたの存在なのだろうか。
 第二次大戦が終わって75年、東西冷戦が終結して30年たった。
 二つの出来事は確かに時代を画期した。では世界はその後、安定したかといえば、そうとも思えない。新たな枠組みを求めて胎動が始まったようにも、カオスの世界へとなだれ込んでいるようにも見える。
 その結果、といえるかどうか分からないが、世界中に新たな壁が出現している。代表例はトランプ大統領がメキシコ国境に築いた。かつて東欧崩壊の突破口となったハンガリーは、セルビア国境に壁を作った。難民流入防止のためだ。世界はどこへ行くのか。
 こんな時は、原点に立ち戻ってみる。原点とは。歴史の分岐、時代を画期した地点だ。

 東欧社会の全面崩壊はハンガリー・オーストリア国境の開放に始まり、198911月のベルリンの壁通行自由化によって最終局面に至った。その後、東西ドイツは統合されたが、考えてみると、この歴史的推移は必然だったのだろうか。ほかに選択肢があったかもしれない。そんな視点で東西ドイツ統合の流れを見直してみることは、世界の「いま」を見直すことに通じる。
 訳者である板橋氏は、こう解説する。
 ――ドイツ統一は、冷戦の終焉を象徴する出来事であると同時に、現代ヨーロッパ、ひいては現代国際政治の在り方を規定するものであった。
 具体的には、ドイツ統一はその後の、共通通貨を持つEU誕生につながり、NATOの東方拡大の契機となった。それはユーロ危機やウクライナ危機につながった。
 著者のレダーは、ドイツ統一のプロセスを大きく二つに分ける。第一段階は東独内の一党独裁体制の崩壊。第二段階は多元化した東独の、国内世論主導による西独への編入である。
 しかし、この行程は傍で見るほど平たんではなかったようだ。ドイツ社会主義統一党(SED)の崩壊後、東独内には西との併合ではなく第三の道を探る声もあった。しかし、それは圧倒的な西側への移住を望む声にかき消された。東ベルリンのアレキサンダー広場ででの50万人デモは、以下のように描写される。
 ――国家政党の代表者たちは、必死に改革の意思を示そうとしたが、デモ参加者たちによって繰り返し話を遮られ、野次られた。
 一党独裁体制で40年間耐えた市民は「もう結構だ」という気分だった。同時に、西側社会のように豊かになりたいと熱望していた。このことが歴史の歯車を回す大きなエネルギーになった。
 SED崩壊で事実上の権力空白地帯となった東独に手を差し伸べたのが、西独のコール首相だった。国家連合構想を含む10項目計画を議会に提案。ソ連のゴルバチョフ書記長は当初、激怒したが後に統一を承認した。米国のブッシュ大統領(父)は肯定的な態度をとった。こうして、国際情勢の中での協議が進められた。とりわけNATOの帰属問題がナイーブな問題だった。英仏には、統一ドイツが再び軍事的脅威にならないかという危惧もあった。
 日本語訳のタイトルは「統一」だが、著者は実は「ドイツ再統一」としている。訳者が「解説」で述べたところでは、東独は統一へのプロセスの過程で、オーデル・ナイセ線以東の旧領土を放棄した(経緯は書の中で詳述)。したがって、厳密にいえば戦前のドイツが復活したわけではない、という意味で「再統一」でなく「統一」とした。そのうえで、著者が「再統一」にこだわるのは市民が一つになったという側面を重視したからでは、という。著者はそのことを、市民運動の目標として掲げられた以下の言葉で表す。
 ――「われわれこそが人民だ」「われわれはひとつの国民/民族だ」

 「希望の灯り」(2018年、ドイツ)という映画で、ライプチヒの人間模様が描かれていた。「あのころはいい時代だった」と旧東独時代を回顧する元トラック運転手が出てくる。東西間の経済格差がなくならない現状に「二級市民」という言葉もあるという。「ひとつの国民」の裏側で、なお厳しい現実がある。
 岩波新書、820円(税別)。

 ドイツ統一 (岩波新書)

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  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2020/09/19
  • メディア: 新書



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