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素材は面白いが、観客置き去りの感~映画「博士と狂人」 [映画時評]

素材は面白いが、観客置き去りの感
~映画「博士と狂人」


 OED(Oxford English Dictionary=オックスフォード英語大辞典)編纂という野心的プロジェクトは暗礁に乗り上げていた。あらゆる英語の変遷が分かる内容を目指したが、その困難さゆえに担うものがいなくなったのだ。スコットランドの仕立て屋に生まれたジェームズ・マレー(メル・ギブソン)は14歳で学校を離れ、独学で言語学を極めた。そのマレーに大役が回ってきた。
 ウィリアム・チェスター・マイナー(ショーン・ペン)は米国の軍医だったが南北戦争で精神を病み、強迫観念に襲われていた。そんなおり幻覚にとらわれ、ある男を射殺してしまう。心神耗弱と判定され無罪判決となったが、精神病院に収容された。
 マレーは編纂に当たって、一般の人たちにも語彙と用例を郵送してもらうことを思いつく。国民に向けたメッセージの紙片が、たまたまマイナーに差し入れた書物に交じっていた。無類の読書好きだったマイナーからマレーに、大量の的確なメッセージが届く。編纂は再び動き始めた。
 マイナーは誤殺した男の妻イライザ(ナタリー・ドーマー)に年金全額を送ろうとするが拒否される。罪悪感から抜け出せないまま、症状は悪化する。そんな中、第一巻が完成。マレーは博士号を受ける。しかし、「不備がある」との批判が絶えなかった。一方で、マイナーの存在がメディアに報じられ、編纂は再び暗礁に乗り上げたかに見えた…。

 英語辞書の最高峰といわれるOEDの存在は、私でも知っている。しかし、どのような経緯で出来上がったかは知らなかった。この謎に挑んだノンフィクション「博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話」(サイモン・ウィンチェスター著)が刊行され、編纂にたずさわったのは学会の重鎮などではなく在野の言語学者と、精神に異常をきたした殺人犯―という興味深い事実が明らかになった。全10巻が完成するまでに70年を要したというOEDの秘話にメル・ギブソンが関心を寄せ、20年かけて映画化したという。
 辞書の編纂を扱った映画に「舟を編む」がある。加藤剛の軽妙な演技が光る「蘊蓄モノ」とでも呼ぶべき作品だが「博士と狂人」はこれとは全く違い、時に血なまぐさいシーンが連続する重い作品である。
 OEDがプロジェクトとして動き出した時代背景をみる。ロンドンの言語学協会が編纂を始めたのが1857年。「長い19世紀」を唱えたエリック・ボブズホームは17891848年を「革命の時代」、4878年を「資本の時代」、781914年を「帝国の時代」と呼んだ。このうち、産業革命後は「資本の時代」「帝国の時代」で「パクスブリタニカ」の時代でもある。OEDは世界に冠たる海運国・英国の権威を裏付けるものとして企画されたことが分かる。そうした国家的プロジェクトが在野の2人の「天才」によって担われたところが興味深い。
 素材としては面白いのだが、全編通して力みが目立ち辟易とする感じもある。説明不足もあって、観客が置き去りにされている印象だ。演出にやや難あり、というところか。
 2018年、イギリス、アイルランド、フランス、アイスランド合作。監督・脚本P・Bシェムラン。


博士と狂人.jpg



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