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カオスの中の政策決定~濫読日記 [濫読日記]

カオスの中の政策決定~濫読日記


「ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日」(ジョン・ボルトン著)

 ドナルド・トランプ米大統領も退場の時が迫った。そんな折り、側近として約1年半仕えたボルトン前大統領補佐官が回顧録を出した。大きく二つのポイントがある。一つは、およそ政治家として定見を持たないトランプの言動を、側近の眼からあからさまに暴露したこと。もう一つは、ホワイトハウスの政策決定がどのようなプロセスでなされているかを、当事者として暴露したことである。いわゆる「内幕もの」として、この二つの特徴がよく表れている。
 ボルトンは高校生のころ、共和党タカ派として知られたゴールドウォーター候補の応援に参加した。この時の米大統領選(1964年)以来、一貫して共和党の最も保守的な路線を歩んだ。同世代のヒラリー・クリントン元国務長官が共和党から民主党へとスタンスを変えたのとは対照的である(この部分、巻末の池上彰「解説」を参考にした)。200506年に駐国連大使をつとめ、レーガン政権、ブッシュ政権(親子2代)で司法省、国務省などの高官に就任。安全保障部門の論客としてトランプ政権初期はFOXニュースのコメンテーターでもあった。この時の発言がホワイトハウス入りの契機になったといわれる。安全保障担当の大統領補佐官に任命されたものの、周辺では当初から「そりが合わない」とささやかれた。事実、2018年4月から翌年9月までの年半で任を解かれた。「ディーラー」(取引商人)とタカ派論客は、当然ながら違った道を歩む。

 回顧録ではイラン核合意からの離脱、北朝鮮との交渉、プーチン大統領との対話、安倍晋三首相との対話、その他諸々が語られる。その中でトランプの気まぐれな性格が浮き彫りになる。もっとも興味深いのはイラン攻撃をめぐるくだりである。米国の無人攻撃機をイランが撃墜、報復措置としていくつかの攻撃目標を設定した。ところが、周辺のスタッフが曖昧な情報を大統領の耳に入れたため、土壇場で攻撃を中止してしまう。それも、安全保障チームに事前相談はなくツイートで発信する。ボルトンをはじめ、スタッフは茫然…。まるでドタバタ喜劇をみるようだ。

 そのほかにも、いくつかの重要事項が大統領ツイートで発信されるが、ついにボルトン自身もあきらめ、慣れっこになってしまう。ボルトンは常に「上から目線」でトランプを批判するが、大統領は大統領である。選挙で選ばれたものとそうでないものとは違う。スタッフにできることは選択肢の提示まで。そこから先、大統領が意思表明すれば覆すことはできない。
 安倍首相のイラン訪問についても、はじめから成果の期待などしていなかったことが、あからさまに語られる(ボルトンに言わせれば、対話とは弱みを見せることだった)。日本国内で報じられた評価と大きく違い、興味深い。関連して、日本迎賓館での日米首脳会談でトランプがほとんど寝ていた、というのは笑い話。
 ポンペオ国務長官、マティス国防長官、ムニューシン財務長官らの人間模様がからみ、世界の覇権国の意思決定がこれほどのカオスの中で行われているのか、と愕然とする。

 話は変わって、読了後に指摘すべきことが二つ。まず、回顧録全体を覆う文体の特異さ。細部にこだわる。俯瞰図はあまり見えない。誰と誰がどんな発言をし、どんな感情を持っていたか。それが延々と語られる。おそらくボルトンの個性からくるものであろう。したがって、内容を要約するのはとても難しい。

 もう一つ。語り口に困難さが潜んでおり、読んでいて迷路に入り込んだ気分にさせられることが多々。2、3度読まないと文意がつかめないこともある。理由はエピローグで明らかになる。著者がホワイトハウス高官であったため、機密情報がないかを確認する出版前審査が必要だった(著者は「この本を出すために渋々受け入れた」と書いている)。その際、「引用符を外せ」という指示があったらしい。トランプと他国指導者との対話については「ほぼすべて」にわたったという。重要発言は当事者の発言としてではなく、ボルトンを介した発言とせよ、ということのようだ。これが文脈を分かりにくくしている。このほか、いくつか機密事項が伏せられ、例えばイランへの攻撃目標があからさまに伏字になった。もちろん、ボルトン自身が抗議の意味を込めたのだろう。
 朝日新聞出版、2700円(税別)。



ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日

ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日

  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2020/10/07
  • メディア: Kindle版


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