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複雑、精緻な原作を映像化~映画「罪の声」 [映画時評]

複雑、精緻な原作を映像化~映画「罪の声」

 

 ドラマは二本の太い線で構成される。一本は、戦後史に刻まれた事件に偶然かかわったある男の、真相を追い求める旅。もう一本は、ある全国紙記者が偶然かかわった同じ事件の真相を再発掘する旅。二本の線は当初、平行に推移するが、やがて交わる。そして二人の男が出会う。

 原作は、地方紙記者だった塩田武士。モチーフとなったギンガ・萬堂(ギン萬)事件とは1980年代、関西を中心に起き、未解決のまま時効を迎えたグリコ・森永(グリ森)事件。グリコ社長を拉致する荒っぽい手口の一方で消費者を人質に取り、警察や世間を嘲笑する脅迫状を送り付けるなど特異な性格を持ち、いまだに記憶に残る。事件の経過の中で一瞬、犯人らしき横顔が見えたのが、大津での警察とのカーチェイスだった。この夜の一連の出来事は、ある全国紙の「容疑者逮捕」という大誤報を生んだ。

 

 京都でテーラーを営む曽根俊也(星野源)は偶然、一冊の手帳とテープを見つける。手帳は英語で書かれ、再生したテープの声は、忘れていた自分の声だった。その声は、ある事件の記憶を呼び戻した。

 全国紙記者の阿久津英士(小栗旬)は文化部にいたが、突然社会部の年末企画に招集された。昭和・平成の未解決事件を追う。これがテーマだった。「なぜ自分が…」といぶかる阿久津にロンドンでの取材が命じられた。

 俊也が見つけた手帳はイギリス英語で、80年代にオランダであったハイネケンビール会長誘拐事件の詳細が書かれていた。「ギン萬」の直前に発生した事件だった。阿久津がロンドンに飛んだ理由もここにあった。事件を探れば「ギン萬」の真相解明のヒントが得られるのではないか。こうして第一の「カギ」の舞台としてロンドンが浮上する。

 ギン萬事件へのかかわりが明らかになった俊也の、宿命を帯びた旅路が始まる。俊也は事件の被害者ともいえた。もう一つの線では、新聞記者という職業に疑問を持ち始めていた阿久津の自己韜晦に満ちた旅路が描かれる。そこでの自問自答は、塩田の「歪んだ波紋」で描かれた「メディアの責任」への問いかけの原型そのものである。

 実際の事件という土台にフィクションを積み上げた原作は、重厚な建築物をみるように複雑、精緻にしつらえられている。そのストーリーをほぼ踏襲するかたちで映画も展開する。ただ、2時間強の映画で原作に盛り込まれたすべてを語ることはもともと不可能で、事件にかかわった俊也の叔父(宇崎竜童)、母の真由美(梶芽衣子)の人生、事件の「声」にかかわった二人の子の、その後の軌跡が明らかにされる過程など、やや舌足らずで彫りが浅く、バタバタの観もある。その辺りが、宿命が影を落とすミステリーの側面(「砂の器」を思い起こさせる)と、メディアへの辛口の批評の側面を併せ持つという、塩田の原作を生かし切れていないのではないか、という懸念が若干残る。

 監督・土井裕泰。それにしても、最近の日本映画では重量級であることは間違いない。映画をまだ見ていない人は、ぜひ原作を読んでからにしてほしい。その方が確実に楽しめる。



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罪の声 (講談社文庫)

罪の声 (講談社文庫)

  • 作者: 塩田武士
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/05/15
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