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アンダークラスの登場~濫読日記 [濫読日記]

アンダークラスの登場~濫読日記

 

<格差><階級>の戦後史」(橋本健二著)

 

 韓国映画「パラサイト 半地下の家族」が好評だった。ストーリーは荒唐無稽だが、人心をとらえたのは社会が「上級」「下級」という二つの階級に分かれている、という視点だった。いま世界の多くの人間が、このような階級分化を実感しているのではないか。むろん日本も例外ではない。

 

 格差や階級のギャップが広がっている、と言われ始めて久しい。焼跡ヤミ市と華族階級の没落に始まった戦後社会は、高度経済成長を経てバブル崩壊を経験し、漂流と喪失の平成時代をくぐってきた。庶民の意識は一億総中流から正規・非正規へ、そして下層市民を生み出す中で変わってきた。どう変わってきたか。背景にある社会構造も変化したのだろうか。

 「<格差><階級>の戦後史」はこうした変化を、社会の自画像と呼ばれる社会学の手法と統計データによってあぶりだした。今まで「ふむふむ」と、なんとなく納得してきた(させられてきた?)戦後社会の流れが、数字によってきちんと裏付けられたのである。

 日本社会で「階級」や「格差」が意識され始めたのは2005年ごろから、という。それまで日本は、どちらかといえば「格差の小さな国」と捉えられてきた。そうした「階級」「格差」をテーマにするには、まず言葉の定義がいる。著者は「階級」を①制度化された身分カテゴリー②豊かさや職業によって区分けされたグループ③経済的資源の所有の有無によって定義されたもの―とした。③はもちろん、マルクス主義の流れをくむ定義である。「格差」は量的なギャップがある状態を表す言葉で、特別な価値観はこめられていない。

 こうした定義に基づき、著者は現代社会の最大公約数的見解として①資本家②労働者③新・旧中間層―という四つの階級図式を提示する。新中間層はいわゆるホワイトカラー、旧中間層は農業、自営業の従事者である。

 

 これらを出発点にさまざまな統計データが用いられる。最も使われたのは社会階層と社会移動全国調査(SSM調査)データ。社会学者グループを中心に、10年ごと19552015年に実施された。難点は75年まで対象が男性に限定されたことだ。国勢調査なども活用された。

 著者は大きな流れとして、戦後社会の格差を「縮小から拡大へ」とする。終戦直後、増えたのは旧中間層で、復員した人たち(500万人といわれる)が生活の糧を得るため就いたのが農業だったことが大きい。やがて高度経済成長が始まり労働者、新中間層へと「階級間移動」が始まる。言葉で書けば変哲もないが、これらが統計データとそれに基づくグラフ、表で表現される。

 こんなデータもある。東京大空襲での区ごとの死亡率。最も高い江東区は14.3%、低いのは世田谷区で0.03%。概して町工場地帯が高く、農村もしくは新中間層が住むあたりが低かったようだ。戦争被害にも地域格差があったのだ。あるいは終戦直後の消費水準をみると、農村が都市を上回った。ヤミ経済が横行した時代、食糧と引き換えに持ち込まれた物資が農村を潤した。

 1974年、「東アジア反日武装戦線〝狼〟」による三菱重工ビル爆破テロがあった。この頃は「一億総中流」と呼ばれた。「狼〟」の主張と「一億総中流」意識には、奇妙な符合があったという。総理府世論調査によれば「中流意識」は1973年に90%を超えた。国民のほとんどが「中流」と感じたのである。このことに独自の解釈を加えたのが「〝狼〟」だった。この豊かな小市民的生活は、植民地人民の犠牲の上に成り立つものではないか―。同じ「中流意識」を出発点としながら、たどり着いた地点は全く違った。しかしこのころ、世界の主だった国の多くが「総中流」意識を持っていたと、著者は各種データをもとに指摘する。

 

 1995年、阪神大震災が起きた。ここでも所得格差による被害の違いが浮き彫りになった。生活保護受給者の死亡率は平均の5倍を上回り、住宅全壊による罹災証明申請は年収が低いほど多かった。これを受けて、ある市民団体の報告書は以下のように書いた。

 

 平等社会、一億総中流階級―なんてどんなにウソッパチだったか。

 

 破たんした「一億総中流」幻想の果てに、我々は何をみたか。低成長時代に突入して、企業は雇用環境の「改善」に取り組んだ。非正規雇用の拡大である。

 19982008年の非正規雇用の増加ぶりがグラフで示されている。目立つのは2544歳男性の急増で、1995年ごろの40万人前後が2008年には160万人に。以前なら高校か大学を卒業後、普通に就職していた若者層が非正規として働くようになった。

 このことを如実に表したグラフもある。初職時の所属階級を2015年データで出生年に分けて棒グラフにしたもので、非正規労働と未就業が確実に増加、199094年生まれはそれぞれ26.4%、4.1%で、合計すれば30%を超える(学生は含まず)。著者は「経済格差の構造が大きく変わった」といい、そのことを端的に示すのが貧困率である。2005年で正規労働者8.7%に対して非正規は実に29.2%。ちなみに無職は37.2%だった。冒頭で階級を四つに分けたが、この構図自体が塗り替わったのである。

 貧困は家庭のかたちにも影響した。無配偶者比率をみると、30歳代男性で正規労働者68%、非正規30.2%と、倍以上の開きがある。ほかの世代でも傾向は同じだ。もう一つ、初職時に非正規だった男性の現職を年代別に見たデータ。初職時も現在も非正規が20歳代では圧倒的に多く61.8%である。30歳代でも27.3%。つまり、最初から非正規という人が若い世代に増えてきている。これらを指して著者は「新しい下層階級の誕生をみてとることができる」とする。

 「アンダークラス(階級以下)」と名付けられたこの新しい階級はどのような顔をしているか。いわゆるパート主婦を除くと、総数は2017年で900万人余り。年収は正規労働者370万円に対して59歳以下(年金受給者を除いた)で186万円。しかし、高齢者アンダークラスはまだ経済的に恵まれているといえる。年金受給資格を持つ人が多いからだ。しかし、次の年代は正規雇用の経験さえない人が増えてくる。年金も資産も持たない高齢アンダークラスが2030年代には全貌を表すという。その時、時代はどんな表情を見せるだろうか。

 河出新書、1100円(税別)。


〈格差〉と〈階級〉の戦後史 (河出新書)

〈格差〉と〈階級〉の戦後史 (河出新書)

  • 作者: 橋本健二
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2020/01/25
  • メディア: 新書

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