SSブログ

リアルな終末の風景に何を感じるか~濫読日記 [濫読日記]

リアルな終末の風景に何を感じるか~濫読日記

 

「極北」(マーセル・セロー著)

 

 不思議な作品である。サバイバルもしくは冒険小説と思い読み始めたら、途中からがらりと印象が変わった。出てくるのはリアルな終末の風景である。つまり、近未来もしくはディストピア小説であった。

 舞台はシベリア。レナ河という地名が出てくるのでその付近らしい。米国の、貧困にあえぐ人たち約7万人が3波にわたる入植計画でこの地に移り住んだ。多くはクエート教徒らしい。国家としてのロシアはとうに崩壊している。つの都市が建設されたが、現地の住民らによって襲撃され、滅亡した。そのうちの一つの都市エヴァンジェリンで一人生き残ったメイクピース・ハットフィールドが主人公である。

 世界でただ一人生き残ったら何を想い何をするか、というのは哲学的命題として語られるが、ここでも、その命題のもとでのモノローグが延々と続く。そしてメイクピースは、一度は自殺を試みる。

 廃墟をさまよううち、メイクピースは少数の生存者たちと出会う。そして、不思議な都市へと物資調達に向かう。そこはポリンと呼ばれ、奥に隠された都市ポリン66を抱えていた。廃墟から、かつては先進的な都市らしかった。放射能で汚染され、青い光を放つフラスクが残されていた。

 このようなエピソードが挟まれてはいるが、全編覆うのは該博な知識に裏付けられた圧倒的な自然描写と孤独に包まれた心理描写、そこから導き出される文明批判である。例えば、こんな具合だ。

 ――何しろ地平線から地平線まで、その道路は続いている。砂利の青白さと、地球の湾曲のせいで、道路は地面から僅かに浮き上がっているみたいに見えた。それは前方にも後方にも、永遠に延びているかのようだった。そしてどちらを向いても、人影一つ見えない。

 ――生まれてから45億年ほど経ったときに、地球は変化し始めた。宇宙から眺めていれば、宇宙船やら人工衛星やらがまるでポップコーンみたいに、そこからぽんぽん飛び出してくるのが目にできたことだろう。人類が農耕を覚えて以来、地球は一貫して温暖期にあった。農耕に適した気候に我々はすっかり慣れてしまった。しかし今や人口は増加し、全員があまりに多くのものを求め、全員が全盛期に発明された機器で武装していた。


 翻訳した村上春樹が「あとがき」で明かしたところでは、マーセル・セローはこの作品を出す前に、原発事故で放射能汚染されたチェルノブイリ近郊30㌔圏内に住む女性を取材している。したがって、ポリンという都市にはこの時の体験が反映されていると見るべきだろう(福島原発事故は、作品が出た後に起きた)。つまり、終末の風景から見た原発、環境問題がこの作品には色濃く影を落とす。

 寓話の中にさまざまなメタファーが埋め込まれている。一度ではそのすべてを掘り起こすことは困難だ。何度か読み通して後、価値が分かる。そんな作品である。

 中公文庫、860円(税別)。

 


極北 (中公文庫)

極北 (中公文庫)

  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/01/21
  • メディア: 文庫

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。