SSブログ

天皇とマッカーサーのせめぎあい~濫読日記 [濫読日記]

天皇とマッカーサーのせめぎあい~濫読日記

 

「9条入門」(加藤典洋著)

 

 憲法9条にあなたは賛成か、それとも反対か。そういう白黒を迫る議論に直面すると、やや困惑する。しかし、運動論としては、そういう物事の立て方はあるだろう。そこで、こう答える。もし、あなたが運動としての答えを求めるのなら9条に賛成の立場だ。しかし、もっと別の次元の議論、例えば政治の、法律の、あるいは国家論の議論としてなら、答えは賛成でも反対でもない。こんな答え方になるかと思う。

 ややこしい書き出しになってしまったが、要は、問題を単純化して賛成とも反対とも答えがたいし、そう答えるには若干ためらいがある、ということだ。

 ここでいうためらいとは何か。一言で言い当てるのはむつかしい。

 加藤典洋(2019年5月16日没)は「敗戦後論」で、戦場で散った兵士を「英霊」として奉る「主体」はあるが、侵略や植民地支配を謝罪する「主体」は、日本人にはないと指摘した。まさしく、これと同じ地平に立って9条を見つめたのが「9条入門」である。

 9条を批判し改憲をもくろむ人たちはこの憲法を「押し付け」だとする。一方、9条を守ろうとする人たちは、はじめから一切の批判を受け付けないように見える。そこで、地に足の着いた議論を目指す加藤は、そのどちらでもなく、つまり「押し付け憲法」かもしれないし、自衛権まで否定してしまっては「非現実的な理想論」かもしれない、という立場から出発する。

 まず重要なのは、9条が第1章の天皇条項とのセットで考えられたことである。占領下の日本で天皇は統治上、必要だったとGHQのマッカーサー元帥は考えた(天皇を統治に利用すべきとする意見は1942年のライシャワー・メモ=「考えられる限り最上の傀儡」=にも見られる)。しかし、連合国の大勢の意見は天皇の戦争責任を問うべき、というものだった。そこで、戦争放棄のため国家主権の一部制限という過激な内容を持つ9条を作り出すことで、天皇制の存続を図った。

 このいきさつを、加藤は精緻に語っていく。背景には連合国間の権力闘争、そして米国政府とマッカーサーの権力闘争があった。その結果、一時的には「マッカーサーのGHQ」は独立王国の様相を呈し(加藤は映画「地獄の黙示録」のカーツ大佐を想起させるという)、しかし、その後の朝鮮戦争勃発、米ソ冷戦の本格化の中でマッカーサーの威光も衰え、ダレス(日米安保の生みの親、後の国務長官)がかじ取り役に代わり、9条も変質していった。

 即ち、マッカーサーが考えた、自衛権さえ持たない国家像(国連が集団安全保障体制を持つことが条件だったが、果たされなかった)は理想論として切り捨てられ、サンフランシスコ講和条約後の日本は、米国はいつでもどこにも軍事基地を造れる、という安保体制へと変質した。

 ところで、この過程で垣間見えた天皇の人間性とはどんなものだったか。この点も詳細に触れられ興味深い。

 まず、1945年9月のマッカーサー・天皇会見。ここで天皇は「戦争には責任がある」とする発言と「東条がやったこと」とする発言をしたとされる。マッカーサーは後に回想録で「戦争には全責任」と発言したとして感動しているが、そうだとすると「東条がやったこと」と結びつかない。加藤はこの謎を、天皇は形式的に「戦争には責任」と発言したが、その後の「東条がやったこと」に重点があったのではないか、と解く。

 また、一時は、戦争責任は免れないと思われた身だったが、マッカーサーによって東京裁判の被告席を回避、しかし、いったん作成された戦争謝罪詔書は闇に葬られ、自らの退位も退けられた。こうして徹底的に政治利用された結果、どのような人格変化が起きたか。加藤は、人間的な苦悶の末に冷厳なリアリストとして米国による安全保障を求める天皇像が出来上がったという(沖縄を軍事基地として半永久的に貸与する提案など好例)。

 ここにあるのは、天皇のニヒリズムと、その反転としての空っぽの理想主義ではないか、と加藤は言う。

 加藤は、9条の出生について詳述した後、敗戦時の8月15日に立ち戻ることを提案する。あの、何もなかったとき(もちろん我々はそこにはいなかったが)に立ち、あらためて平和を考えるうえで何が必要かを自ら考えるべきではないか、という。

 この書は「ひとまずのあとがき」という文章で終わっている。昭和天皇とマッカーサーという二人の人物のせめぎあいと、冷戦の始まり。その後の物語は「おそらく次の本で書くことになるでしょう」としている。しかし、加藤典洋はもういない。惜しい人を亡くした。

 創元社、1500円(税別)。


9条入門 (「戦後再発見」双書8)

9条入門 (「戦後再発見」双書8)

  • 作者: 加藤 典洋
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2019/04/19
  • メディア: 単行本

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。