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システムで見たメディアと大衆の共振作用~濫読日記 [濫読日記]

システムで見たメディアと大衆の共振作用~濫読日記

 

「近現代日本史との対話【幕末・維新―戦前編】」(成田龍一著)

 

 日本史、もしくは日本の近現代史という場合、多くはそのカテゴリーにはまる歴史的事実を抽出、編纂し叙述するという手法をとった。これに対して唯物史観(階級史観)が現れた。階級闘争の連続性と、その結果としての「体制」の遷移によって歴史を見る手法は分かりやすい反面、人民・大衆がマスとしてしか見えてこない弱点はいかんともしがたかった。

 成田龍一の「近現代日本史との対話」は、帯にあるように「システム」の概念を通じて歴史を理解する試みである。そういえば井上寿一著「日中戦争」もシステム論を通じた戦争体制の分析であった。

 システムとは何か。いわゆる「体制」ほどスタティスティックでもマクロ的でもない。「日中戦争」の副題に「前線と銃後」とあるように、権力者が構築した制度的フレームにとどまらず、当時の風俗、社会思潮、大衆の言動、つまり動的な人間関係にまで目配りした歴史分析の手法といえる。米ソ冷戦終結から30年、体制の変遷だけで歴史を語ることが難しい今、どうやらこの手法が歴史分野での最先端であるようだ。

 成田は、日本の近現代史を2分冊で語ろうとしている。前半は1853年のペリー来航から1930年代の満州移民開始まで。これは、歴史のメジャーとしては坂野潤治「日本近代史」が取り上げた18571937年の80年間にほぼ合致する。違いは「ペリー来航」を入れるかどうか。この前半部分が【幕末・維新―戦前編】に収められた。ペリー来航の1853年から福島原発事故までの150年余を大きく3分類し、それぞれをⅠ、Ⅱ型と分けた。つまり六つのシステム類型で日本の近現代史を語るというのが、本書の試みである。著者自身による「システム」の説明を引用すれば以下のようになる。

 ――システムは、ある出来事をきっかけに始動して方向性をつくり出し、大きなうねりとなって人々を巻き込み、社会を編成します。(略)一つのシステムはおおよそ二五年の期間持続します。同時に、社会は編成されたその瞬間にさらなる変化を始めています。

 システムとは、人間社会に登場した一種の「うねり」と理解できる。それが「制度」として固定化された時、次のシステムへのうねりが社会に内在する。こうして社会の編成―再編成が繰り返される。六つの類型のうち、【幕末・維新―戦前編】に収められたのはシステムAⅠとAⅡ、そしてBⅠの始まるまで。即ち、ペリー来航を一つの衝撃として開国から国民国家形成に至り、帝国主義的国家の建設、国家総動員体制の確立までである。

 例えばペリー来航を歴史的にどうとらえるか。成田は、この事件を武士階級にとどまらず国家社会を議論する契機―即ち公共的空間の創出ととらえ、それが幕藩体制から国民国家への移行につながったとみる。この辺りがシステム論的な歴史の語り口であろう。

 日本が国民国家から帝国主義国家へと向かう契機になったのは1894年の日清戦争、1900年の義和団事件での出兵、その後の日露戦争であった。一連の戦争の中で日本は台湾、樺太南部に植民地を得た。この中で国民の間に文明、野蛮、異界という認識が出来上がった。1910年には大逆事件と韓国併合があった。内外共に帝国主義が確立した。

 1925年には普通選挙法が実施された。しかし、二つの問題があった。一つは男性のみに適用され女性は準国民の扱いだったこと。もう一つは同じ年に治安維持法が施行されたこと。つまり普選=治安維持法体制はセットであった。このことは、その後の国家総動員体制確立に有効に働いた。普選=治安維持法体制に昭和恐慌が加わり、事変=戦争がかぶさる。思想、行動ではみ出したものは「非国民」とされた。この時代を成田は、大衆とメディアの共振と表現している。言いえて妙である。戦争は一部勢力が遂行したものではなく、国民自身、そしてメディアが鼓舞したものだった。この辺りの目配りはシステム論的歴史論の妙であろう。恐慌によって旧来の共同体が解体し、それによって国民が再定義され、影響力を発揮した。そこにはメディアが介在した。思想や感情までも制御する国家総動員体制が出来上がった。排外主義の高まりの中、満州事変が起きた。

 歴史を振り返るとき、権力や群衆といった「マス」の動きを見るのも重要である。しかし、個人の生活の営みもまた、社会に大きな影響を与える。その両方を見ようというのがシステム論的歴史観であろう。ともすれば味気なさが漂う歴史を物語のように動的に甦らせ、面白く読ませる一冊である。

 集英社新書、1300円。

近現代日本史との対話【幕末・維新─戦前編】: 【幕末・維新─戦前編】 (集英社新書)

近現代日本史との対話【幕末・維新─戦前編】: 【幕末・維新─戦前編】 (集英社新書)

  • 作者: 成田 龍一
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2019/01/17
  • メディア: 新書



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