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そして誰もいなくなった~濫読日記 [濫読日記]

そして誰もいなくなった~濫読日記

 

「恐怖の男 トランプ政権の真実」(ボブ・ウッドワード著)

 

 トランプ政権の迷走が止まらない。最近では、利上げ政策を取るFRB議長への大統領による批判が市場不安を招き、世界同時株安に発展した。「トランプリスク」である。背景には、政策的に一致しなければツイッター一本で「辞令」を出してしまうトランプ流への懸念がある。混迷のシリアからの撤退を突然発表し、反対するマティス国防長官が2月末辞任を発表するや、今度はその辞任を2カ月前倒しした。ホワイトハウスの統括役ともいえるケリー首席補佐官も年内にやめるが、後任選びは難航しているという。株価対策をめぐってムニューシン財務長官の辞任も取りざたされた。重要閣僚の誰がいつ辞任してもおかしくない状況だ。

 そんなトランプ政権の内幕を、ワシントンポスト記者ボブ・ウッドワードが一冊の本にまとめた。ニクソンを辞任に追い込んだ「大統領の陰謀」以来、歴代大統領の政策決定プロセスを白日にさらしてきたジャーナリストである。原著は今年9月に発売、既に140万部が売れているという(訳者あとがき)。12月上旬に出た日本語版では、冒頭、こんな言葉が目に飛び込んだ。

 

――アメリカは、感情的になりやすく、気まぐれで予想のつかない指導者の言葉に引きずり回されている。(略)世界でもっとも強大な国の行政機構が、神経衰弱を起こしている。以下はその物語である。

 

 物語の主人公は世界最強の軍隊を動かせ、地球を即座に破滅させるだけの核ミサイルのボタンを握る。その男がツイッター一本で閣僚をクビにし、他国の指導者をののしる。これが恐怖以外の何だろうか。ホワイトハウスの意思決定が、重要閣僚による手順を踏まえたものであればまだましなのだ。やり方次第でトランプをねじ伏せることもできる。しかし、問題なのは、主席戦略官という得体の知れないポストに就いたスティーブ・バノンや大統領の身内であるクシュナーやイバンカがホワイトハウス内をかっ歩し、トランプに何やら吹き込んでいることだ。しかし、バノンも20178月にやめてしまった。

 

――クシュナーとイバンカが牙城を明け渡さないことが問題だった。(略)二人をルールに沿った作業予定に引き入れるのは不可能だった。

 

 二人がここにいるべきではないのか、とトランプが聞く。そのたびに首席補佐官プリーバス(ケリーの前任)は「いるべきではないでしょうね」と答える。しかし、何も変わらない。万事、この調子なのだ。追い出そうとするのは無駄なことだと、プリーバスは確信する。

 大統領になって3カ月のトランプはシリアのサリンガス被害を目にする。女性や子供もいた。「アサドをぶっ殺せ」とトランプはマティス長官にいう。長官は「はい」というが聞き流す。一時の感情に任せて発言することを知っているからだ。結局、この件はシリア空軍施設への59基のミサイル攻撃という形を取るが、数週間後には大統領の目は他の問題に向けられる。それにしても、誰がトランプにシリアの写真を見せたのか。どうやら、イバンカが目の前でちらつかせたらしい…。

 

――トランプは目の前に書類がないと忘れることが多い。視界にないものは意識にないのだ。

 

 大統領秘書官のポーターも国家経済会議委員長のゲーリー・コーンも、そう見ていた。そして、この著書は、この種のエピソードが延々と連ねられる。

 在韓米軍に年間35億㌦が支出されていることに、トランプは不満を示す。「引き揚げろ」「どうなってもかまわん」。トランプに、外交、経済、軍事における同盟関係を理解させなければならない。マティスとコーンは、ペンタゴンに政権の重要スタッフを集め、議論することにした。大統領就任から6カ月がすぎたころである。結果は思わしくなかった。

 

――「大丈夫か?」コーンがきいた。「あの男はものすごく知能が低い」ティラーソン(国務長官、183月辞任)は、一同に聞こえるようにいった。

 

 今年初めに出た「炎と怒り トランプ政権の内幕」(マイケル・ウォルフ著)はバノンの証言をベースにしたといわれるが、「恐怖の男」はコーン(国家経済会議委員長を1842日辞任)の視点が比較的ベースになっているようだ。それにしても、さしものウッドワードもトランプ政権のドタバタには手を焼いたのではないか。目次なし、各章のタイトルなしはブッシュ、オバマ政権の時と同様の手法ではあるが、起承転結がなく終わりが突然やってくるという印象はぬぐえない。先の「炎と怒り」と同様の内幕暴露本とは呼びたくないのだが、現在の読後感では、そう呼ばれても仕方がないか、と思う。その意味では、取材対象としてのトランプ政権はあまり筋がよくない代物ではあったのだろう。

 ウッドワードが書いたのは、トランプ政権の意思決定過程の脈絡のなさとトランプ自身の判断能力のなさである。そのことはアメリカの悲劇ではあるが、ではトランプをヒラリーに変えたら問題は解決するか、といえばそうではない。アメリカが抱える問題はもっと根深いところにあり、それがアメリカにとっての悲劇でありリスクであるということを再認識させられた。

 日本経済新聞出版社、2200円(税別)。


FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実

FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実

  • 作者: ボブ・ウッドワード
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2018/12/01
  • メディア: 単行本

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