SSブログ

これが事件の真相…本当に?~映画「アイ、トーニャ」 [映画時評]

これが事件の真相…本当に?~映画「アイ、トーニャ」

 

 1994リレハンメル冬季五輪の選考会で知人を使ってライバルのナンシー・ケリガンを襲撃、負傷させたトーニャ・ハーディングの事件は、センセーショナルに報じられたのを覚えている。91年にトーニャは米国女子選手として初のトリプルアクセルを成功させており、「なぜ?」という疑問符も飛び交った。フィギュアスケートの世界の事件として構図を描けば「なぜ?」なのだが、アメリカ社会を生きる一人の女性という観点ではどう見えるのか。そこを描いたのが「アイ、トーニャ」である。

 トーニャ(マーゴット・ロビー)は貧困の中でフィギュアスケートの才を見出される。しかし、その才能を伸ばすには母親ラヴォナ・ハーディング(アリソン・ジャーニー)と元夫ジェフ・ギルーリー(セヴァスチャン・スタン)の暴力的な振る舞いに耐えなければならなかった…。

 貧困と暴力に囲まれて育ったトーニャは、必然的にフィギュアスケートを生活向上の手段ととらえ、時に暴力的な対応も辞さない人格へと変貌していった。

 つまり、フィギュアスケートの世界でどう育ったかではなく、アメリカ社会の風土、文化の中でどう育ったかという観点でとらえ直せば「トーニャの事件」は別の貌(かお)を見せる…というのが、この映画の狙いである。

 芥川龍之介の「藪の中」や大岡昇平の「事件」を俟(ま)つまでもなく、世上で起きたことの真相は容易に定まるものではない。そうした文脈でいえば、よくできている。半面、その事をいえば、この作品は必然的に一つのジレンマに陥る。

 映画で描かれたほどトーニャの母親は暴力的であったのか。そこに誇張はないのか。ナンシー・ケリガン(ケイトリン・カーヴァー)を襲ったといわれる元夫の知人ショーン(ポール・ウォルター・ハウザー)は誇大妄想狂だったとされるが、襲撃の根拠はその一点で説明できるのか。トーニャの指示や示唆は本当になかったのか…。

 「フェイクニュース」や「ポストトゥルース」といった言葉が飛び交う時代である。これがトーニャの事件の真相、といえば、そのとたん別の「真相」が語られる。そうした危うさを秘めている。もっとも、作った側はそんなことは百も承知かもしれない。トーニャは既に罪を償ったのだから、彼女の側から見た「真相」を映像にしてもいいのでは、という見方も成り立つだろう。そうしたアメリカ社会のしたたかさがうかがえる作品ではある。2017年、アメリカ。 


トーニャ.jpg

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。