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光州事件の真実はいまだ闇の中~映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」 [映画時評]

光州事件の真実はいまだ闇の中~

映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」

 

 19791026日夜、朴正熙大統領が側近に暗殺され、18年に及ぶ軍事独裁政権が幕を閉じた。韓国内で民主化への期待が膨らむ一方、軍部の主導権争いも激化した。大統領暗殺から半年後の5月に起きたのが、光州事件である。このころ、韓国では学生を中心に民主化要求闘争が多発していた。光州も例外ではなく、軍部が投入した空挺部隊(北朝鮮との非正規戦を想定した部隊)が学生を暴力的に鎮圧した。無法ぶりに市民が立ち上がり、軍の武器庫を襲撃して武装、全羅南道の道庁を制圧したのが光州事件だとされる。

 韓国軍は周辺地域も含め約2万人を動員、圧倒的な兵力で約1時間交戦、鎮圧した。この作戦は米軍も承認したとされる。2001年までに韓国政府が確認した死者は民間人168人、軍人33人、警察官4人、行方不明者436人とされる(この項、文京洙著「韓国現代史」による)。

 背景には朴大統領暗殺を契機とする韓国の権力構造の不安定化がある。一方で民主化勢力の先頭には金大中氏がおり、彼の出身地が全羅南道であったことも、軍部を実質的に掌握していた全斗煥らへの反発を光州に呼び起こしたと指摘されている。光州事件後、全斗煥大統領になり、事件の真相は闇に葬られた。金大中は死刑判決を受けた(後に減刑、1997年に大統領)。民主化へ向かう過程で払った代償は大きかった。

 この光州事件を描いたのが「タクシー運転手 約束は海を越えて」である。日本にいたドイツ人ジャーナリスト、ユルゲン・ヒンツペーター(ピーター、トーマス・クレッチマン)は韓国・光州で不穏な事態が起きていると知り、潜入を試みる。交通はすべて遮断されており、ソウル空港で見つけたタクシーの運転手に頼み込む。その運転手がキム・マンソプ(ソン・ガンホ)で、二人は光州事件の目撃者としてその後、運命を共にする。

 ピーターは、光州の街頭で起きた軍による市民の弾圧を動画に収め、マンソプとともにソウルへ戻ろうとするが、そのためには軍の包囲網を突破しなければならない…。

 後は韓国映画らしいドラマチックな仕立てで、追いつ追われつの連続である。最終的にピーターが日本に持ち帰ったフィルム映像は世界に発信され、光州事件が明らかになる。

 しかし、事件はいまだに全容が明らかになったとはいいがたい。記憶によれば、ここまで事件を正面から扱った映画はなかった。そういう意味では意義深いのだが、同時に問題点もある。

 一つは、事件を世界に発信したジャーナリストの存在は、それだけで一つの作品になりうる素材としての重みを持つ。光州事件とは何だったのか、日本国内も含めていまだに広く知られてはいないからだ。そういう意味では、アクション仕立てでなくシリアスなドラマにした方が訴求力はあった。二つ目に、ジャーナリストを助けたタクシー運転手の存在が、いまだに確かめられていないことの不思議さである。ヒンツペーターの回顧録によると運転手の実名は金砂福。ネット上では、北朝鮮系組織の工作員だったとする説もささやかれている。裏付けを持たないので否定も肯定もできないが、この説の行方は光州事件の本質に関わる。つまり、光州事件の真実はいまだに闇の部分が多い。事件を取り上げることで、そのことを陰画のように指し示したのが、この映画だともいえる。2017年、韓国。
 


タクシー運転手.jpg

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