日大アメフト「事件」に思う~社会時評 [社会時評]
日大アメフト「事件」に思う~社会時評
A)5月6日に行われたアメフト日大―関学戦で日大選手が悪質タックルをしたとして大きな社会問題になった。
B)被害を受けた関学の選手が警察に被害届を出したため、悪質タックルは「問題」ではなく「事件」となった。
C)それにしても加害者である日大側の対応は理解に苦しむ。試合の最中か、遅くとも直後に一言声をかけていれば、これほどのことにはならなかった。
A)しかし、日大の内田正人監督がある選手に反則行為を指示していたと複数選手から証言があった。もしそうなら、関学側に思いやりの一言をかけるなどということにはならない。
B)今まさにそうしたことが疑われている。監督が「試合に出たかったら相手のQBを壊して来い」とルール無視のプレーを選手に指示したという事態が濃厚になった。
A)内田監督は19日に関学を訪れ関係者に謝罪したが、これも最悪の対応だった。関西学院大の読み方を間違え、そのうえ「辞任する」と表明したが、自らが「選手を壊せ」と指示したかどうかは明言を避けた。
B)謝罪をしに行って相手の名前を間違えるなどというのはこれ以上ない失礼な行為だ。しかし、それは本筋のことではないとしても、指示したかどうかは脇に置いておいて辞任するとは無責任極まりない。
■安倍首相の言説と酷似
C)内田監督の会見を聞いて、これは安倍晋三首相の発言とよく似ているな、と思った。安倍首相も、閣僚、官僚になにか不祥事があれば「私の責任」という。しかしどのようなことについてどう責任を取るかは絶対に語らない。森友学園問題でも、自分が関与していたら首相も国会議員もやめると明言したが、これほど森友、加計学園問題への「関与」が疑われる事態になってもやめる気配はまったくない。「責任を取る」という発言と現実に起きていることとの関連、筋道を明言しないからこんなことが可能になる。内田さんは、監督はさっさとやめたが、そのことと違反プレーとの関係は明確でない。
A)学内ナンバー2という地位があるから、監督のポストにそれほど執着がなかったのだろう。下手をすれば、暴走した選手に代わって引責辞任という美談になりかねない。
B)安倍首相は現実の事象とは無関係に「すべて私の責任」という。だから結局、それは言葉だけで実際に「責任を取る」ということに結び付かない。内田さんは結局やめたが、どういう理由で辞めたかははっきりしない。
C)日大の選手から複数の証言が出ているのだから、監督の指示はあったのだろう。しかし、被害側の選手から被害届が出れば刑事事件だ。今後のことを見通せば、とても指示したとは言えない。傷害罪の共同正犯になる。
A)つまりは自己保身のために明言を避けている? それでは指示された選手も被害を受けた選手も浮かばれない。
■ナンバー2の美学?
A)内田さんはいま学内のナンバー2だ。アメフトに関しても、日大には篠竹幹夫という名将がいた。内田さんはその下でコーチを務め、監督になったらしい。
B)いわゆるナンバー2の美学というのがある。かつては毛沢東体制下での周恩来が代表的な事例。時にはナンバー1をしのぐ力量を持ちながら、ナンバー2としてのおさまりの良さを自覚していた人たちだ。日本でいえば保利茂、野中広務、後藤田正晴…。しかし、実力者にくっついてナンバー2になり、身の程をわきまえずナンバー1に上りつめて失敗する人たちがいる。内田さんもその一人に見える。
C)19日の会見しか我々には材料がないが、見た限りでは器も力量も備わっているとは思えなかった。こういう人がトップに立つと下は苦労するだろうなあ、内田さんはそういう人に見えた。
A)安倍首相の下で官僚が苦労している。それと同じことを日大アメフト部は経験しているように思える。
■サラリーマン社会の縮図
B)1960年代に日大闘争というのがあった。東大闘争と並んで全国の大学闘争の先駆けとなった大闘争だった。国策を推進する帝国大の頂点にある東大の教育、研究が、表向きの中立でなく「体制内存在」であることの犯罪性が問われたのに対して、日大は体制を支えるマスとしての労働者を作り出していく教育機関としての性格が問われた。発端は一部の造反学生に対して大学当局が暴力的で不合理な対応をとったためだった。アメフト問題(事件)に対する日大側の対応を見ていると、さすがにあの時代のような暴力性はないのかもしれないが、根底にある体質は変わっていないな、と思う。
C)それとともに、今回の事件はサラリーマン社会の縮図に見えて仕方がない。会社のために違法行為、もしくは違法すれすれのことをやってこそサラリーマンの鑑、みたいな発想がある。
B)かつてロッキード事件、グラマン事件というのがあった。国会で証人喚問された丸紅や日商岩井の人たちも、そういう人達だった。
A)わがサラリーマン時代を振り返ってみても、「どうして彼が…」と首をかしげる出世を果たした人間がいた。よくよく聞いてみると、例外なく「彼は率先して泥をかぶるから」「汚れ役を引き受けるから」という答えが返ってきた。今回の日大アメフト事件とも共通性がある。
■官僚の世界はどうなのか
B)サラリーマンだけでなく、官僚の世界でも同じようなことが起きている。理財局長だった佐川宣寿さんも、違法行為すれすれを行かなければ出世はできないと思ったのではないか。
C)佐川さんを見ていると、ハンナ・アーレントが書いた「イェルサレムのアイヒマン」を思い出す。ユダヤ人をガス室に送ったナチスドイツの「死刑執行人」が、どこにでもいる小役人だったと裁判を傍聴したアーレントが喝破した。
B)たしか、アーレントは、ナチスの官僚たちにとっては自らの倫理観より違法か合法かという判断の方が優先した、と書いていた。読んだときはピンと来なかったが、最近の官僚の答弁を聞いていると、アーレントの指摘が妙に腑に落ちる。彼らは、適法であり正規の手続きを経ているという確証があれば、どんな犯罪行為でも率先してするのではないか。そんな怖さがある。
A)5月19日付朝日で、政治学者の豊田郁子さんが「忖度を生むリーダー」と題して同じ趣旨のことを書いていた。同感しながら読んだ。
B)一国の政治リーダーが「責任を取る」といいながら官僚の忖度に対しては知らんぷり。このことが社会的風潮として蔓延しているのではないか。官僚の腐敗も日大アメフトの悪質タックルも、根は同じという感じがする。
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