SSブログ

「不安定の弧」を生み出したのはアメリカ自身だ~濫読日記 [濫読日記]

「不安定の弧」を生み出したのはアメリカ自身だ~濫読日記

 

「アメリカ 暴力の世紀 第二次大戦以降の戦争とテロ」(ジョン・W・ダワー著)

 

 第二次大戦から米ソ冷戦を経て、米国一強の時代が出現した。いわゆるパックス・アメリカーナ(アメリカの平和)である。いうまでもなくラテン語のPAXはPEACEの元となった言葉で、PEACEはpacificate(武力で平定する)から来た。これらのことから、もともと英語のPEACEは武力平定の思想を含む。武力によって平和は形成されるという思想である。

 このことを踏まえて、では今日の米国一強の世界は平和な時代だといえるのか。米国はいま、世界70カ国で800以上の基地を持ち、兵員15万人が配属されている。この状況を「基地帝国主義」と名付けた政治学者チャールズ・ジョンソンによれば、他国に置かれた米軍基地は「おそらく1000以上」「正確な数は誰も知らない」という。そして、米国の軍事費は2位以下の主要8カ国の合計よりも多い(オバマ大統領演説による)。それだけ米国は軍事大国としてはずば抜けた存在といえる。では、こうした軍事大国によって維持される世界の「平和」は文字通りの意味で「平和」なのだろうか。

 こうした視点で、第二次大戦後をとらえたのが「アメリカ 暴力の世紀」である。タイトルは、「タイム」や「ライフ」を発行したヘンリー・ルースの「アメリカの世紀」によった。「メディアの権力」を著したD・ハルバースタムはルースを「世界は、アメリカの定義による文化、価値観、エネルギーを求めているに相違ない。それを広めるのは私たちの明確な義務だ」と主張する人物、と評した。「アメリカ 暴力の世紀」で、ルースは舞台回し役としてたびたび登場するが、それ以上の役回りではない。

 冷戦期の戦争(代表的なものは朝鮮戦争、ベトナム戦争)による死者数は、明らかに二つの世界大戦のそれを下回った。このことに著者も異論を唱えていない。しかし、大国による戦争犠牲者という枠組みを外せば、冷戦期にも世界では多くの政治的殺戮、大量虐殺が行われた。ユーゴ、スーダン、ナイジェリア、パキスタン・インドネシア、カンボジア…。これらの情況は、アメリカが1945年以降の世界の暴力低減を招き、破滅的な世界紛争を防止してきたという主張にアンチテーゼを提示する根拠になりうるというのが、J・ダワーの視点である。「戦争」という明確な形ではなく、「暴力」という不明瞭な不安の連鎖こそが、アメリカによって1945年以降、生み出されたのではないか。そこで、著者は死者数だけでなく、紛争、暴力、人権侵害によって強制追放された人たちの数にも注目する。国連難民高等弁務官事務所の報告では、強制追放者は1996年に3730万人、2015年には英国の総人口より多い6530万人だとした。20年間で75%増。この数字をどう見るか。

 米ソ冷戦終結後、フランシス・フクヤマ著「歴史の終わり」に象徴されるような、「米国の価値観によって世界は平定される」といった楽観的な見方も存在した。しかし、実際はサミュエル・ハンチントン著「文明は衝突する」にあるような、世界はいくつかの宗教的ブロックに分かれ、それぞれの辺境部で紛争が起きるとする説に近い状況が生まれている(今日の世界的状況をハンチントンが「予言」した通りだとは思わないが)。その状況をJ・ダワーは「暴力」という概念を唯一の鏡としてとらえ直した、ともいえる。この書の核心を、訳者・田中利幸氏は簡潔にこう書いている。

 

 ――ここで描かれているのは、戦後これまで70年以上にわたる「パックス・アメリカーナ」の追求が、実は、「平和の破壊」をもたらす連続であったということである。すなわち、「暴力的支配」が産み出す「平和の破壊」を、「支配による平和」に変えようとさらなる「暴力」で対処することによって、皮肉にも、「暴力」の強化と拡大を「戦争文化国家」であるアメリカが、世界中で、繰り返し、悪循環的に産み続けてきたという事実である。

 

 平和追求の名のもとに行われてきたアメリカの暴力は、皮肉にも世界のあちこちに「不安定の弧」を産み出した。そのことを著者自身が「日本語版への序文」でこう述べる。

 

 ――トランプの極端な言語表現と行動を好む性癖は、もともとアメリカの気質なのである。(略)アメリカは、常に、偏狭な行為、人種偏見、被害妄想とヒステリーを生み出してきた。(略)いわゆる「アメリカの世紀」のこの暗鬱な戦後史の側面の分析が、この小著のテーマである。

 

 米国の諜報関連報告書は2004年、アフリカ、中東、バルカン、コーカサス、アジアへと「不安定の拡大連鎖反応」は広がっていると指摘した。この状況をもたらしたのは誰か。ルースが語ったのとは違う「アメリカの世紀」がここにある。

 岩波書店、1800円(税別)。


アメリカ 暴力の世紀――第二次大戦以降の戦争とテロ

アメリカ 暴力の世紀――第二次大戦以降の戦争とテロ

  • 作者: ジョン・W.ダワー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2017/11/15
  • メディア: 単行本

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。