日常と非日常のせめぎあい~映画「彼女がその名を知らない鳥たち」 [映画時評]
日常と非日常のせめぎ合い
~映画「彼女がその名を知らない鳥たち」
タイトルの「鳥たち」とはさまざまな愛のかたちの隠喩であり、その意味ではこの映画は「恋愛映画」の範疇に入る。しかし、もっと奥深いものに見えた。日常と非日常、現実世界を転倒させることで生まれる幻想の世界―。そういう異次元の「世界」が、この「ラブストーリー」の背後には垣間見える。
33歳の北原十和子(蒼井優)はもう6年、15歳年上の佐野陣治(阿部サダヲ)と暮らしている。はじめは寂しさをまぎらすためだったが、今では男の何もかもが気に食わない。体臭、食事の際の雑音、素振り。何もかも。しかし、別れられないでいる。
十和子には8年前に別れた男がいた。黒崎俊一(竹野内豊)。不倫関係だった。今もその男が忘れられない。男の携帯に掛けるが、出たのは妻だった。そこから、黒崎は失踪したことが分かる。十和子は持っていた時計のことで時計店とトラブルになり、店の男とのやり取りの中で新しい不倫関係を結ぶ。その男、水島真(松坂桃李)は甘い言葉や非現実的な誘いを仕掛けて十和子を翻弄する。
十和子のこの上ない侮蔑と嫌悪の対象である陣治は、そのまま十和子の日常であり分身である。だからこそ、十和子はそこから逃れようとして逃れられない。黒崎は十和子の「過去」である。手を伸ばして新たな関係を結ぼうとしても結べないのが「過去」という時間である。そして水島は、日常への嫌悪を転倒させた形で出現する幻想世界の中で醸成されたイメージであろう。十和子はつまり、結ばれることのない二人の男との関係を求めて絶望的にもがいている。
陣治はそれに対して、十和子の手の届くところにいる。しかし、それゆえに十和子は陣治を足蹴にする。それに対して陣治は十和子の分身であるがゆえに、無私の愛を貫く。
十和子をめぐる男たちの構図はこんなところだ。それらはラストに向かって一気になだれ込み、決着へと向かう。どんな決着の仕方なのかは、観てのお楽しみである。
監督は白石和彌。原作は主婦、僧侶、会社経営などを経て50代で最初の小説を書いたという沼田かほる。恋愛小説なのかホラーなのか、それともスリラーなのか、混然として不思議な味わいの小説である。陣治のキャラクターは原作に比べ、かなりビジュアル的に誇張されている。映画的にはそれは「あり」だと思う。2017-11-18 16:21
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