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いつのころからか「青年」がいなくなった~濫読日記 [濫読日記]

いつのころからか「青年」がいなくなった~濫読日記

 

「青年の主張 まなざしのメディア史」(佐藤卓己著)

 

 そういえば、かつて「青年の主張」というのがあった。「成人の日」のころ全国大会があり、NHKが放映していた。この書の巻末資料によると、1954年に第1回があり、途中で「青春メッセージ」と改題して2005年まで続いたらしい。最初はおそらくラジオだったのだろうが、そこまでの記憶はさすがにない。働く青年を中心に(そういう人ばかりでもないだろうが)生真面目なテーマを生真面目に語るという印象が強い。弁論調というのだろうか、日常的にはあり得ないトーンで話す、という印象がある。といってもじっくり見聞きした記憶がないので、この印象が正確かどうかは分からない。

 こんな具合だから、どんな人が見ていたのかは、よく分からない。見ていたのは、おそらく同世代の人ではなかっただろう。このあたりが、この書の副題に関わってくる。いいかえれば、「青年の主張」を取り上げるとして、それをどのようなアプローチでとらえるか、である。「青年の主張」に登場した人たちの人生模様を追うノンフィクションもあるだろう。しかし、著者は「まなざし」「メディア」の二つの言葉でとらえる。つまり、この番組を見ていたのは旧世代であり、番組を支えたのは彼らの「まなざし」であったとまず規定する。ここに登場する人たちは彼らの眼鏡にかなった人物群だったということである。

 時代はやがて60年代に入り、叛乱の時代を迎える。「戦後史」といえば、60年安保とか大学闘争とか全共闘とか、叛乱する学生が取り上げられるが、この時代、圧倒的に多かったのは大学に行った層ではなく、大学に行かずに働いていた層である。彼らが、旧世代の「まなざし」の中で何を語ったか。それをメディアの潮流の一つとして掘り下げたのが、この書だといえる。

 形を変えながらも半世紀続いたこの番組を、著者は、法律でいえば逐条解説のように毎回を取り上げていく。したがって、資料を含めた全体は500㌻に近く、かなりのボリュームである。

 その中から、いくつかの印象に残ったエピソードを取り上げる。

 番組と並走しながら、「青年の主張」を取り上げたいくつかの雑誌がある。「人生雑誌」とも呼ぶべき雑誌である。その一つは「弁論」と後継誌「若い広場」である。計5回の全国大会スピーチのほぼすべてを収録した。大学闘争が燃え盛った1968年4月号には、痛烈な批判文が載った。後に編集部が書いたものと判明するが、そこでは「おとな達の顔色をうかがって動き回る」「猿回しの猿」と痛罵している。保守的な「青年の主張」翼賛メディアとみられた同誌が、急激に左旋回した。196912月号で終刊となるが、表紙はヘルメット姿の学生の写真だった。

 1963年の第10回大会には高校生だった重信房子が東京大会の3位に入った。後に赤軍派幹部として世界を飛び回った女性である。もし彼女が全国大会に出て優勝でもしていれば、と思うのは著者ならずとも興味深い思考実験である。全く違った道があったかもしれない。旧世代への反逆の象徴ともいえる彼女が、旧世代の「まなざし」の中で高評価を受けていたことが興味深い。

 東大安田講堂攻防戦の直前に行われた第15回全国大会では、1位は北海道から上京した勤労青年、2位は農業と生きる女性、3位は敬老精神の訴えだった。当時の全共闘運動に対するカウンターオピニオンである。著者は、1968年の大学在学者が全体の2割弱であり、ある新聞社の調査では「過激派を含む革新系集団」がうち2割強だったとしている。つまり、全共闘にかかわったのは多くても4%であり、世代の圧倒的多数は集団就職組だった。圧倒的多数を代弁したのは「異議申し立て」ではなく「青年の主張」のほうだったのである。

 2000年に入るころだろうか。「青年」という言葉が世の中から消えた。代わって「若者」という言葉が台頭した。青年は世の大人たちの「まなざし」の中で生きる存在だが、若者はむしろ、そのまなざしの外側で生きることを望む存在に思える。あるいは、荻野アンナがこの書でいうように「無責任な『少年』で押せるだけ押して後は一挙にオッサンになる」のである。どちらにしても「青年」は消えた。こうして「青年の主張」「青春メッセージ」は途絶えたのである。

 河出書房新社、1800円(税別)。



青年の主張:まなざしのメディア史 (河出ブックス)

青年の主張:まなざしのメディア史 (河出ブックス)

  • 作者: 佐藤卓己
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2017/01/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

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