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60年代の意味を再考する [濫読日記]

60年代の意味を再考する


「唐牛伝 敗者の戦後漂流」(佐野眞一著)
「私の1960年代」(山本義隆著)


唐牛伝.jpg 60年安保から東京五輪を経て、日本は高度経済成長期に入る。敗戦から15年、なお戦争体験とナショナリズムを色濃くにじませて闘われた戦後最大の市民運動の指導者たちの多くは社会に回帰し、経済成長の時代を担った。しかし、そこに入り込めない、あるいは入ることを拒んだ人たちがいた。

 北海道大にいた唐牛健太郎は、陳腐な表現だろうが、すい星のごとく全学連委員長となった。60年安保の年、4月26日の国会前デモで警察車両に乗り一世一代のアジ演説をした後、装甲車の向こう側に飛び降り逮捕、半年間勾留された。この時の様子を、佐野は当時週刊読売の記者だった長部日出雄の文章を引用して描く。

 ――装甲車を乗りこえた学生たちは、もし全学連の委員長が東大1960年代.jpgや京大の出身で、北海道大学からやってきた無名で白面の見るからに新鮮な若者でなかったとしたら、果たしてあそこまで燃え上がっていただろうか。六〇年安保闘争が空前の盛り上がりを示した理由のひとつには、その核心にBクラスの反乱が隠されていたからではないだろうか。

 しかし、「安保闘争に火をつけた」といわれる唐牛の「ダイブ」は犠牲も大きかった。全学連をリードしたブント幹部の多くが逮捕・勾留され、唐牛も樺美智子の死を巣鴨の拘置所で知る。

 唐牛は、そのヒーロー性から「いつも明朗闊達で明るかった」と語られることが多い。佐野はここに疑問を挟み「ワンパターンで陳腐な人物評価」を崩すべく生地の函館に飛ぶ。断っておけば、取り上げた人物のかなりの側面を出生に探るというのは、例えば「てっぺん野郎」で石原慎太郎の出身地・愛媛県八幡浜に赴いたように、佐野の常套的な手法である。

 函館の取材で佐野は、海産物商を営む男と芸者の間に生まれた庶子という、唐牛の横顔の一つを浮き彫りにする。筆者(真崎)自身は、こうした手法と、あまりにその側面を色濃く投影させる筆致に抵抗を感じるが、そのことは紙幅の都合もあるのでこれ以上は触れない。

 唐牛は安保後、「太平洋ひとりぼっち」の堀江謙一とヨットスクールを始めたり、新橋駅前で居酒屋「石狩」を始めたりするが、長続きしない。与論島に住んだり、北海のトド撃ちの名人に弟子入りしたりもするが、定着はおぼつかない。佐野が丹念に追った足跡をみると、明らかに唐牛は、「安保」後の社会で何者かになることを拒否している。44歳でコンピュータのセールスマンになったこともあった。当時、数千万円もする商品を売ることが唐牛にできたのか。彼はトップセールスだったと同僚は証言する。

 唐牛を全学連委員長にしたといわれるブント書記長の島成郎は回想録の中で「唐牛を拗ねた野良犬風にとらえる見方もあるが、それは全く違う。(略)唐牛はすぐれた生活者だった」と述べる。何者にでもなれたはずなのに、何者にもならなかった男。何に「義理」を果たそうとしたのか。「無頼」を演じる男の背後を追って佐野は、「日本の喫水線ぎりぎりを航海した」男という評価を残した。現時点では、これが唐牛に最もふさわしい言葉と思える。

    ◇

 60年4月26日、初めてデモに参加したという男がいた。山本義隆である。彼は、機動隊の装甲車と対峙する「先進的学生」を遠巻きに見るひとりだったが、その後、東大闘争の中で研究とは、学問とは、大学とは何かを問う。その結果、「科学の体制化」という問題意識に到達する。アプリオリに「善」とされてきた科学の進歩は、実は日本の近代化の歴史の中ですっぽりと体制に飲み込まれていった結果ではなかったか、という批判的視点である。

 「60年代」という視座でいえば、60年安保で日本が選択した進路の上に大学の秩序再編や研究の体制内組み込みが行われ、東大大学院生として物理学を研究していた山本らが、そのことと自覚的に闘った結果が東大闘争であった。

 山本は、「回顧談のようなものを公にする気にはなかなかなれなかった」と書く。死んだ子の歳を数えるようなことにしたくなかったのだろう。したがって、この書では大学で獲得した多くの問題意識のその後の深化の過程に多くが裂かれている。その成果は「磁力と重力の発見」(みすず書房、2003年)などに結実している。とりわけ、原発開発に見られる産官学一体化とその末路を見るとき、山本の先見性を実感する。

 肌合いの違う二人であるが唐牛健太郎、山本義隆と通してみれば、今という時代の源流としての60年代の意味が極めて重く実感される。

(「唐牛伝」は小学館、1500円、「私の1960年代」は金曜日刊、2100円)

唐牛伝 敗者の戦後漂流

唐牛伝 敗者の戦後漂流

  • 作者: 佐野 眞一
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2016/07/27
  • メディア: 単行本

私の1960年代

私の1960年代

  • 作者: 山本 義隆
  • 出版社/メーカー: 金曜日
  • 発売日: 2015/09/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

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