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なぜ被爆者は米国に原爆投下責任を問わないか~濫読日記 [濫読日記]

なぜ被爆者は米国に原爆投下責任を問わないか~濫読日記


「現代思想」〈広島〉の思想―いくつもの戦後史

広島の.jpg 戦後71年、原爆が投下された広島も今や廃墟の跡はなく、復興は成し遂げられたかに見える。しかし、そこに〈広島〉の思想は確立されたのだろうか。そうした問題意識のもとに編集されたのが「現代思想」8月号である。代表的なものとして姜尚中が「ヒロシマ、絶対矛盾の中に佇む十字架」、白井聡が「福島以降の広島」、森達也が「自発的プロパガンダの連鎖を断って」を寄せている。
 ここでの出色は、白井の文章である。5月27日のオバマ大統領広島訪問を取り上げた。しかし彼は、世上でいわれるオバマの行動でなく、迎える側の悲惨について述べている。オバマについては、謝罪がなかったこと、抽象的であいまいな演説…とさまざまな見方がある。もちろん、原爆投下国の政治的指導者が71年前のきのこ雲の下に立ったことの歴史的意味を指摘する向きもある。白井はそうではなく、迎える側に「問題の核心」があったという。それは何か。白井の言葉を引用する。
 ――日米両国民の真の和解と核兵器の廃絶という人類的次元の目標に向かうという演説の内容がはらむ極度の厳粛さと、その瞬間を準備した日本側の意図(=選挙対策)の低劣さとの間に口を開けた深淵である。
 原爆の犠牲になった多くの人たち、そして後遺症に苦しむ人たちの悲願は、実はこの時の政権が仕組んだセレモニーによって踏みにじられたのであるが、メディアでそうした視点を提示したものは皆無であった。そして、このような「低劣」な政権を選んだのも我々であり、我々自身が歴史に泥を塗りたくったのだが、そうした指摘はほとんどなかった。
 白井はそのうえで、福島原発事故以降、原発は「潜在的核武装能力の涵養」のためであることが白日の下にさらされ、その結果、「ノーモア・ヒロシマ・ナガサキ」は空疎な標語となったとする。それは、戦後日本がつくってきた反戦平和ヒューマニズムの空疎さにつながるという。
 ここから白井の分析は、さらに辛辣を極める。
 まず白井は、オバマ広島訪問をもって原爆をめぐる歴史のサイクルはいったん閉じたのだ、という。歴史的に崇高であるべき瞬間はただの茶番に終わった。そうさせたものは戦後日本が放つ腐臭によってであった。そうであるなら、「ヒロシマ・ナガサキ」とは何であったか、一から考え直さなくてはいけないのだ。
 「ヒロシマ・ナガサキ」とカタカナ表記するとき、私たちはそこに世界的な普遍性があると思いこんでいた。言い換えれば、私たちはそこで「世界」を獲得できるという、白井が言う「勝者の心理」の上に立っていた。そして、あまりに多くの犠牲を払ったことに対して、どう折り合いがつけられるかが問われていった。それが被爆者=特別な犠牲者という「癒し」の心理を生み、「唯一の被爆国」という被爆ナショナリズムに結び付いたと白井は指摘する。戦後、「唯一の」は「万邦無比」の響きを持ち、「万邦無比の国体」は核兵器の破壊力によって威光を増したのである。
 こうして、敗戦否認の上に成り立つ戦後日本(の平和思想)に無意識的に依拠してきた「ヒロシマ・ナガサキの平和思想」は、日米の共犯関係を形成し、それは527日にも再演された。
 オバマ広島訪問の後、被爆者団体への調査でも、一般の世論調査でも、「評価」する声が多数を占めた。これはそのまま鵜呑みするのではなく、被爆者思想(これもまた戦後日本によってつくられたもので、アプリオリに存在するものではない)自体が、対米追従(したがって原爆投下国に謝罪を求めることはない)の構造をもっていたことを表している。
 なお、この号では直野章子・九州大准教授が「被爆者という主体性と米国に謝罪を求めないということの間」という文章を寄せているが、大筋において白井と同意見だと思う。彼女は、例えばこういう言い方をしている。
 ――「被爆ナショナリズム」なくして「反原爆と平和」を訴える被爆者という主体性が形作られることはなかった。(略)「核の普遍主義」と「被爆ナショナリズム」を接合する言説実践を通して形成された主体性であるならば、被爆者が米国の原爆投下責任を追及して謝罪を要求することは、言説の構造上、極めて困難であるということになる。

青土社、1300円(税別)。

現代思想 2016年8月号 特集=〈広島〉の思想 -いくつもの戦後-

現代思想 2016年8月号 特集=〈広島〉の思想 -いくつもの戦後-

  • 作者: 姜尚中
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2016/07/27
  • メディア: ムック

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