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最大の敗北者は政治である~濫読日記 [濫読日記]

最大の敗北者は政治である~濫読日記


「フクシマ5年後の真実 原発棄民」日野行介著


原発棄民.jpg 福島原発事故の最大の敗者は政治・行政ではないか、とつくづく思う。それは、この国こそが敗者ということでもある。地震・津波とは明らかに違う被災状況を把握できないまま、官僚は空疎な復興プランにしがみつく。いや、それでは言葉がきれいすぎる。この国の行政システムが無謬であるというために、放射線被曝の恐怖におびえる住民の切り捨てさえ辞さない。そうした官僚の冷たい生態こそが、この書の隠れた大テーマである。
 著者は冒頭、「この国の政府は原発避難者を消滅させようとしている」と書く。それは「殺す」ことでも「追放」することでもない。「避難者」という属性を「消し去る」ことを意味する。想起されるのはハンナ・アーレントの「忘却の穴」である。アーレントはナチによるユダヤ人虐殺を歴史に定着させるための概念としてこの言葉を生み出したが、いまや日本という国は放射線被害への住民の恐怖、警戒感を現代の「忘却の穴」に落とし込めようとしている。
 政治の手口は、二つの断面を持つ。一つは地理的な矮小化である。もともと年間1㍉シーベルトとされた被曝限度量は「緊急時」ということで20㍉シーベルトに引き上げられ、野田佳彦政権によって「収束宣言」が出された後も、被曝量はそのままだ。したがって被曝量20㍉シーベルト以下の地域は強制避難地域とはならない。しかし、20㍉シーベルト以下の地域でも住民は汚染を拒否する権利があるはずだ。
 もう一つは時間的な矮小化である。放射能汚染は、チェルノブイリ原発事故を見ても30年やそこらの時間では解決のめどすら見えない。つまり、人の一生のサイクルでもどうしようもないものだ。
 これが、一般の災害被害とは根本的に違っている。しかし、行政は原発災害についてこうした区分けをしようとしない。「できない」のか、それとも「しない」のか。
 そうした中で国は原発の再稼働を推し進める。特に自主避難の住民には、同じ住民からも冷たい視線が浴びせられる。それが官民一体の復興加速化の流れを生む。漫画「美味しんぼ」をめぐる「風評被害」非難もこうした中で行われた。
 自主避難者数は水面下に置かれ続ける。数字の把握は自治体に丸投げされ、全国で共通した統計手法も確立されていない。その中でみなし仮設は1年ごとの提供期限延長が行われ、特に自主避難者は「いつ追い出されるか」という不安を抱え続ける。子供がいれば教育への配慮もいる。住み替えはしかし、認められない。出れば「自立」と判断される。
 一般の防災であれば、土地が崩壊したり住宅が物理的に住めなくなったりで、被害は可視的である。しかし、原発事故による避難は、見えない放射線被害からの避難である。いつ終わるのか、何をもって終わりとするのか、だれがそれを決めるのか。著者も「大事な議論が見過ごされている」と指摘する。
 行政は、結局はどこかで線を引かなければ対応できない。しかし、原発被害は、何をどこで線を引くのか。そこに根本的な問題がある。そこに踏み込まない限り問題は本当には解決しない。議論は堂々巡りし、最後に切り捨てられるのは住民である。
 この書は必ずしも、すっきりと全体図を描いているとはいいがたい。多くのピースが欠落した複雑なパズルの様相もある。しかし、岩に爪を立てるような取材からは、まぎれもなく事故と被害住民の構図は浮かび上がっている。そして、東電という明確な原因者を防御しようとする官僚たちの冷たい無責任の連鎖も。



「フクシマ5年後の真実 原発棄民」は毎日新聞出版、1400円(税別)。初版第1刷は2016210日。著者の日野行介は1975年生まれ。九州大法学部卒、毎日新聞記者。福井支局、大阪社会部、東京社会部を経て特別報道グループ。著書に「福島原発事故 県民健康管理調査の闇(岩波新書)など。

原発棄民  フクシマ5年後の真実

原発棄民  フクシマ5年後の真実

  • 作者: 日野 行介
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞出版
  • 発売日: 2016/02/24
  • メディア: 単行本

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BUN

福島の悲劇。地震学者は全ての地震を外している。どこでも地震は起きる、という当たり前の結論。地震の予測は出来ない。気象庁は、原発爆発時風向きを示さなかった。風下に逃げた多数は高濃度の放射線にさらされた。東電は、多重な安全システムといいながら、社内で指摘のあった津波対策を無視し、1度の津波で全ての安全システムは無効だったことを立証した。東電の多重の安全とは、1重でしか無かった。
by BUN (2016-05-09 00:46) 

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