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人間は戦争を越える~濫読日記 [濫読日記]

人間は戦争を越える~濫読日記

「戦争は女の顔をしていない」(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著)

戦争は女の顔をしていない.jpg 「チェルノブイリの祈り―未来の物語」で原発事故をめぐる国家の「ウソ」を暴き出したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの最初の著作である。取材は1978年から2004年までわたっている。ベラルーシでは出版されず、ソ連崩壊後のロシアで1997年、2004年、2007年に出版された。日本では2008年に群像社によって刊行された。
 1941年、バルバロッサ作戦でドイツがソ連に侵攻、独ソ戦が始まる。ソ連側の犠牲はすさまじく、戦闘による死者は1千万人以上、非戦闘員を入れると2千万人以上と言われる。「ブラッドランド」の著者であるティモシー・スナイダー・イェール大教授は、主戦場となったポーランド、ベラルーシ、ウクライナでの、戦闘によらない死者は1400万人に上ったと明らかにした。この書で、次のような証言が書き留められている。
 ――その子から初めてウクライナのすさまじい飢餓のことを聞いたんだ。〈餓死〉のことを。
 ――多くの人がヒットラーに勝ったのはアメリカだと、そう思っています。ソ連の人たちがこの勝利のために払った犠牲、四年間で二千万人という犠牲はあまり知られていません。
 直接にはこの戦争を知らない著者が、独ソ戦を体験した女性たちに膨大なインタビューを試み、文字に定着させた。しかし、地獄の戦場の大状況を構成し直し、再現しようとしているわけではない。戦場に赴いた100万人ともいわれる女性たちの具体的な直接体験を、そのまま読者に届けようとする。都合よくつなぎ合わされ、組み立てられた「物語」はここにない。では、あるのは、物語と無縁のものなのか。それも違う。事実の断片とそれにまつわる絶望や悲嘆の向こう側に、それぞれ一人ひとりの物語がまつわりついている。彼女自身の言葉でいえば、「人間は戦争の大きさを越えている」。人間のスケールが戦争を越えてしまう、そういうエピソードを、必死に探し求める。
――戦闘は激しいものでした。白兵戦です……これは本当に恐ろしい……人間がやることじゃありません。なぐりつけ、銃剣を腹や目に突き刺し、……頭蓋骨にひびが入るのが聞こえる、割れるのが……人間らしいものなんか何もない。
――私が憶えているのは戦争の音です。そこら中で渦巻く轟音……戦争で人間は心が老いていきます。
 駆り出された女性たちは負傷者の看護や兵站作業にのみ従事したわけではない。兵士として銃を取り、戦場に向かった。
 「チェルノブイリ―」で著者の前に立ちはだかったのは国家の壁だった。ここでもやはり、国家の壁が存在する。「アレクシエーヴィチの真実など不要だ」と言い切るルカシェンコ大統領のベラルーシではここ10年、彼女の著作は日の目を見ていない。そのうえ、著者が聞き取った女性たちの体験には、男社会という大きな壁もまた存在する。大きく、がばがばの軍用コート、ぶかぶかのブーツ、男性用の下着…。厳寒の戦場で、灼熱の行軍で、これらはナイフのような凶器になる。
――私たちが通った後には赤いしみが砂に残った。女性のあれです。隠しようもありません。…はいているズボンは乾ききって、ガラスのようになる。それで切れるんです。…いつも血の匂いがしていました。
 国家と闘うための、言葉は銃に勝る武器だと実感する。

「戦争は女の顔をしていない」は岩波現代文庫、1340円(税別)。初版第1刷は2016年2月16日(2008年の群像社刊を底本とした)。スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは1948年ウクライナ生まれ、国立ベラルーシ大卒。民の視点で戦争の英雄神話を打ち壊す執筆活動を続ける。

戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)

戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)

  • 作者: スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2016/02/17
  • メディア: 文庫



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