SSブログ

「ヒトラーとは何者か」を平易に語る~濫読日記 [濫読日記]

「ヒトラーとは何者か」を平易に語る~濫読日記


「ヒトラーとナチ・ドイツ」(石田勇治著)

ヒトラーとナチ・ドイツ.jpg 近現代において、ドイツはヨーロッパをけん引すべき国力と文化を持ち合わせた国であった。そのドイツが、なぜ第2次大戦であのようなユダヤ人大量虐殺に走ったのか。そして、極端な全体主義、レイシズムの虜になったのか。ドイツを「文明国家」とする観点から、その謎を解き明かした一冊である。「ナチス・ドイツ」を特殊な現象もしくは運動とみていないという点で、それはどこにでも起こりうる悪魔の運動だとする視点を分かりやすく提示している。
 「はじめに」で著者は、このように書いている。
 ナチ体制は単なる暴力的な専制統治ではなく、多くの人びとを体制の受益者、積極的な担い手とする一種の「合意独裁」をめざした。
 この辺に、ナチ体制の特質を見極めるカギがあると思われる。このことは、書の後半でも触れられている。まず著者はナチ時代を、ヒトラーが首相になった時期から開戦までの6年カ月と、戦時体制下の5年8カ月に分ける。そのうえで、戦後初期の住民意識調査によれば、20世紀でドイツが最もうまくいった時期はいつか、という問いに、回答者の4割がナチ時代の前半だったと答えているという。これは帝政期に次ぐ水準でヴァイマール期の7%を大きく引き離している。
 では、ナチの思想とはどのようなものであったか。「我が闘争」をもとに、ドイツの政治学者クルト・ゾントハイマーの分析が紹介されている。
 アーリア人は他のどの人種よりも優れているという思い込み▽無責任な議会主義より、民族を代表する一人の指導者の人格的責任において決定されるべきだとする指導者原理▽マルクス主義への絶対否定▽民族共同体の創造▽民族共同体が拒絶すべきすべてのことがら(民主主義、個人主義、マルクス主義)にユダヤ人が関与しているという反ユダヤ主義―。
 第1次大戦後、ドイツは過大な賠償金を求められ、領土を割譲される。そのうえ戦争責任を負わされ、経済はインフレにあえぐ。そうした苦境から逃れるためにどうするか。ヴァイマール体制下の社会民主党を中心にした大連合政権は、米国の銀行家ヤングが提示した賠償支払い軽減案受諾を決める。これに対して、ヤング案受け入れはドイツの足かせだとする国民運動が起きる。先頭に立つのがヒトラーである。運動は、賠償支払い義務事態の廃棄とヴェルサイユ条約の否定を求める。背後にはナショナリズムの高揚への期待感がある。この運動は後の国民投票で少数者の賛同しか得られなかったが、ナチが確実に上昇気流に乗るきっかけになったという。1929年秋のことである。それから4年足らずでヒトラーは政権を握り、急速に独裁体制を築く。1939年にはポーランドを電撃侵攻、ヨーロッパに戦火が拡大する。ここでのヒトラーの最終目標はボルシェビズム打倒であり、その中枢を握るのはユダヤ人だという思い込みのもと、反ユダヤと反スターリンが結びつく。
 さらに、こうした状況認識が、ヨーロッパ東部の広大な土地をドイツの生空間とする発想に結び付く。そして戦争の後半、この東部戦線での劣勢が、ナチス・ドイツをユダヤ人虐殺~絶滅収容所の建設へと向かわせたのである。
 本書はこうした歴史的経緯とともに、ホロコーストを生んだ思想史的分析にも触れている。極めて平易であるが、細部にも配慮が行き届いており、ヒトラーの戦争の基礎知識と教訓を得るのに最適であろう。

「ヒトラーとナチ・ドイツ」は講談社現代新書、920円(税別)。初版第1刷は2015年6月20日。石田勇治氏は1957年、京都市生まれ。東大大学院修士課程修了、マールブルク大博士課程修了。東京大教授。ドイツ近現代史、ジェノサイド研究。著書に「過去の克服―ヒトラー後のドイツ」(白水社)など。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0