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世界史上最悪の歴史的事実を浮き彫りに~濫読日記 [濫読日記]

世界史上最悪の歴史的事実を浮き彫りに~濫読日記



「ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実 上下」 ティモシー・スナイダー著


ブラッドランド上.JPG ブラッドランド下.jpg20世紀は「戦争の世紀」と呼ばれる。ピークは第2次世界大戦である。日本はアジア・太平洋で多くの民衆を殺害した。ヨーロッパではヒトラー率いるナチス・ドイツと、スターリン率いるソ連が激突する。主戦場はポーランド、ウクライナ、ベラルーシとその周辺地域である。この書の著者ティモシー・スナイダーによれば、第2次大戦で命を落とした兵士の半数はこの地で亡くなったが【注1】、このほかに、戦闘によらない死者が1400万人いるという。しかし戦後、ソ連がこの地域への支配を確立したうえ、多くの虐殺の実態を隠したため、広く世界に知られることはなかった。ナチス・ドイツが行ったユダヤ人虐殺さえ、「ソ連の戦争被害」を強調するため過小評価された(下巻179p)。例えば、第2次大戦末期にシステム的にユダヤ人虐殺を行ったアウシュビッツでの所業は、1960年ごろまでドイツでも周知の事実ではなかったし【注2】、ソ連軍がポーランド将校らを殺戮したカティンの森のテロも、ナチス・ドイツの仕業として長く世界に流布された【注3】。
 民族と文化がモザイクのように入り組み、独ソが領土的野心を燃やして流血の惨事を繰り返した地で何があったのか。ヨーロッパの言語のうち5カ国語を話し、10カ国語を読めるというイェール大教授、スナイダーが数年かけて調査し、国境によって分断されたかの地の歴史を紡ぎ合わせ、まとめたのがこの書である。
 暗黒の歴史は、ヒトラーとスターリンがともに権力の座にあった1933年から45年までの12年間にあった。序章はスターリンの農業集団化が招いたウクライナの大飢饉である。330万人が餓死し、その後の国内テロで30万人が銃殺される。独ソによるポーランド侵攻とポーランド人虐殺があり、41年にはヒトラーがソ連に侵攻、レニングラード包囲作戦などで市民ら400万人以上を餓死させる。対ソ戦で敗色が濃くなったドイツは戦争末期、ユダヤ人虐殺に力を注ぎ、540万人を銃殺またはガス殺した。この総数1400万人は、独ソ戦の戦闘員死者数を200万人上回ると、著者は書いている。世界史的にも最悪といえる事実を浮き彫りにした労作である。
 なぜ、このような「ブラッドランド」が地球上に出現したのだろうか。この面でも、著者は多面的な考察を行う。印象に残るのは、二人の権力者の共通項として「被害者意識」を上げている点だ。国際資本主義者やユダヤ人の陰謀。ドイツに対するポーランド人の故なき憎悪。そして、仕組まれたウクライナ飢饉。権力者の猜疑心の果てに、それらが排除の論理へと飛躍する。著者は、21世紀の世界でも、こうした波が再びわき起こっていると警鐘を鳴らしている。

【注1】 ウィキペディアでは第2次世界大戦の戦闘員死者数を2200万~3000万人としている。その半数は1100万~1500万人で、スナイダーが指摘する非戦闘員死者数とほぼ同規模といえる。

【注2】 映画「顔のないヒトラーたち」にも、このエピソードが出てくる。
【注3】 この事件について著者は、英米は事実を知っていたが、戦後体制を考慮して、ドイツが行ったというスターリンの主張を丸呑みしたとの説を唱えている(下巻117p)。

 筑摩書房刊。上2800円、下3000円(いずれも税別)。初版第1刷は20151020日刊。ティモシー・スナイダーは1969年生まれ。近代ナショナリズム史、中東欧史、ホロコースト史。


ブラッドランド 上: ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実 (単行本)

ブラッドランド 上: ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実 (単行本)

  • 作者: ティモシー スナイダー
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2015/10/15
  • メディア: 単行本

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