全体主義の醜悪と恐怖~映画「ヒトラー暗殺、13分の誤算」 [映画時評]
全体主義の醜悪と恐怖~映画「ヒトラー暗殺、13分の誤算」
原題は「エルザ―」。ヒトラー暗殺を企てた家具職人を主人公とし、その男の名からとった。ヒトラー暗殺計画については、軍内部で計画された「ワルキューレ」が知られるが、ここで描かれるのは軍部でも共産主義者でもなく、平凡な一人の市民による単独の計画である。しかし、この映画で本当の主役は「ナチス」そのもの、その醜悪さと恐怖ではないか。
ナチスが政権を取って6年後の1939年11月8日、ヒトラーはミュンヘンの酒場で演説する。その直前、一人の男が会場に忍び込み、大量の爆弾を仕掛ける。時限式で、ヒトラーの演説中に爆発する…はずだった。男は深夜、会場を去る途中、不審者として拘束される。
爆弾は確かに爆発した。しかしそこにヒトラーはいなかった。予定を13分切り上げて会場を去ったためだ。会場に残っていた人間が8人死亡した。
ゲオルク・エルザーは過酷な拷問を受けるが、口を割らなかった。そこへ恋人エルザが連行され、現れる。卑劣な仕打ちに、エルザーはついに自供を始める。
各シーンで、「ハイル・ヒットラー」の号令のもとナチス式の敬礼が繰り返される。出てくる将校はいずれも、ヒトラーへの忠誠を誓う。しかし、エルザーは、そのことに違和感を感じている。たった一人の抵抗の果てに見えるのは、全体主義の恐怖である。おそらく、違和感を持ちつつも、その恐怖感に耐えかねてナチスと同調した市民は多いであろう。そうした「時代」こそが、この映画の主役である。
「ヒトラー~最期の12日間」のオリバー・ヒルシュビーゲル監督が、ヨアヒム・フェストのノンフィクションと、ヒトラーの秘書だったトラウドゥル・ユンゲの回顧録に基づき映画化した。エルザーを演じたのは、「白いリボン」のクリスティアン・フリーデル。
エルザーは拘束されたまま生き延びていたが、ヒトラーが自殺する直前の4月にダッハウ強制収容所で処刑された。なぜ彼をここまで生き延びさせたかは謎とされる。
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