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検閲は自己規制を生む~濫読日記 [濫読日記]

検閲は自己規制を生む~濫読日記

「戦争と検閲 石川達三を読み直す」(河原理子)

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「戦争と検閲 石川達三を読み直す」は岩波新書、820円(税別)。初版第1刷は2015年6月26日。河原理子は1961年東京生まれ。83年、東京大文学部卒、朝日新聞社入社。AERA副編集長、編集委員など。



 














 戦時体制は、検閲とともにあった。検閲は権力の側から一方的に行われるものではなく、下からの検閲、即ち自己規制を伴うものであった。検閲制度は一時的につくられたものではなく、長期間かけて醸成されたものだった。戦時に露骨な検閲が行われる段になって慌てても遅いのである。その時には既に、検閲に異を唱えることさえできない体制が出来上がっていた。
 このことを、石川達三の「生きている兵隊」をめぐる事件を題材に掘り下げ、明らかにしたのが「戦争と検閲 石川達三を読み直す」である。筆者の河原理子は1961年生まれの朝日新聞記者。35年に「蒼茫」で第1回芥川賞をとった石川は37年末から中央公論特派員として中国に渡り、翌年1月8日から1週間、南京で取材する。虐殺事件が起きた直後である。帰国後、原稿用紙330枚を2週間で書き上げ、2月中旬発行の中央公論3月号に突っ込んだ。

 しかし、作品は中央公論編集部によって「これでは検閲を通らない」と判断される。既に輪転機は回っていたが、鉛版を削り、引っ掛かりそうな個所は空白にするという綱渡りの措置が何回かとられる。後になって、これが裏目に出る。当局に提出したのは最も伏字、空白の多い最終版だったが、それが「検閲逃れ」と判断されるのである。

 差し押さえを免れた1万8千部のうち一部が海外に流出し、中国語や英語に翻訳されたことも、当局の心証を悪くした。そのため、石川と中央公論編集長は禁固4カ月(執行猶予3年)、発行人に罰金100円という有罪判決が出る。

 容疑はなんだったか。新聞紙法違反(安寧秩序を紊乱した罪)と陸軍刑法違反(軍機を漏らした罪)で書類送検されたが、起訴時点では新聞紙法違反のみである。秩序紊乱とは、当局の別の言い方で「造言飛語」である。つまり、嘘を書いて安寧秩序を乱した―。

 石川達三の一連の作品に共通するスタイルだが、現実の動きをべースにしながら作家的想像力によるフィクションを加え、ルポルタージュ風小説に仕上げていく。この「生きている兵隊」も、その範疇から外れていない。だから、冒頭に「実戦の忠実な記録でなく、作者はかなり自由な創作を試みた」と注意書きがある。だからといって、ここに書かれたものが真実でなく嘘や幻だ、ということに直接結び付くわけではない。しかし、一連の事件が起きたのは国家総動員法成立の直後である。こんな「文学論」が通じるはずもなかった。


戦争と検閲――石川達三を読み直す (岩波新書)

戦争と検閲――石川達三を読み直す (岩波新書)

  • 作者: 河原 理子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2015/06/27
  • メディア: 新書

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