SSブログ

時空を越えた旅は終わったか~濫読日記 [濫読日記]

時空を越えた旅は終わったか~濫読日記


「キャパの十字架」(沢木耕太郎著)

 キャパ_001.JPG 

「キャパの十字架」は文藝春秋刊。1500円(税別)。初版第1刷は2013215日。沢木耕太郎は1947年、東京都生まれ。79年「テロルの決算」で大宅壮一ノンフィクション賞。06年「凍」で講談社ノンフィクション賞。著書に「敗れざる者たち」「沢木耕太郎ノンフィクション(全9巻)」など。












  ユーラシアからヨーロッパへの魅惑的な旅の記録「深夜特急」を持つ沢木耕太郎は、基本的に「オン・ザ・ロード」を立ち位置とするノンフィクション作家であろう。だから彼が1枚の写真を手に「ぼんやりとした違和感」の先にあるものを突き止めようとする行為もまた、旅である。76年前の9月5日の、だれにも記録されていないある丘に立つという時空を越えた旅。

 スペイン内戦の最中に撮られた「崩れ落ちる兵士」はキャパの、というより戦争写真の傑作として記憶されている。しかし、これほど鮮やかに1人の兵士の死の瞬間を切り取れるものだろうか。その一方でこの写真はどこで、だれが、どんな状況にあったのかを見事に物語っていない。沢木のおぼろげな旅の、1枚のチケットがこの写真である。彼が手にする地図は、おそらく1986年に沢木が翻訳依頼を受けたリチャード・ウィーランによる評伝「ロバート・キャパ」とキャパ自身の手による「ちょっとピンぼけ」であろう。

 沢木はまず、撮影された日にちと同行した1人の女性―ゲルダ・タロー、彼女もまた戦場カメラマンだが―の存在を知る。キャパ自身は当時3台のカメラを持っていたが、そのうち2台が現場で使われたという事実にたどり着く。

 そこから、兵士は本当に戦闘中だったのか、撮影したカメラはどちらか。撮影者はキャパか、ゲルダか。ミステリーの糸をほぐすように丹念な思索を凝らす。行き詰まるたび、彼はスペインの、あの丘に向かう。しかし、本当の現場にたどり着くのは容易ではない。山の稜線、雲の位置、兵士の足元の雑草。ネガフィルムの密着焼きを眺めては、兵士の前後の動きを確かめ推理する。

 2台のカメラ―ライカとローライフレックス―のフィルムサイズの違いから、沢木はある結論にたどりつくのだが、その経過をここで明かしてもあまり意味はない。実証作業の積み重ねの後に、沢木は「キャパへの道」という1章を設けている。それは、1枚の写真によって若くして「伝説」となった写真家が、生身の自分との同一化を図る道のりを描いている。ここで一転、沢木はキャパの内面に踏み込んでいる。

 これもまたキャパの伝説の1枚である、ノルマンディー上陸作戦での「波の中の兵士」。ここには、まぎれもない「戦場」があり、敵の銃弾に背を向けてカメラを向ける並はずれた勇気も映し出されている。この1枚でキャパは「呪縛、つまりキャパの十字架」から解き放たれることになる。

 あとがきのはじめに沢木はこう書いている。

 「これもまた、長い旅だったように思う」

 彼は旅を終えたのだろうか。彼は目的地にたどり着いたのだろうか。


 読み終えて私は「深夜特急」の最後、デリーからロンドンまで乗合バスによってたどり着いた後のシーンを思いだしている。

 受話器を取り上げると、コインも入れずにダイヤルを廻した。

 ≪9273-80824258-7308

 それはダイヤル盤についているアルファベットでは、こうなるはずだった。W、A、R、E-T、O、U、C、H、A、K、U-S、E、Z。

 ≪ワレ到着セズ≫

 と。


キャパの十字架

キャパの十字架

  • 作者: 沢木 耕太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2013/02/17
  • メディア: 単行本





nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0