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戦時下の庶民の痛みとささやかな決断~濫読日記 [濫読日記]

戦時下の庶民の痛みとささやかな決断~濫読日記


「台湾海峡一九四九」(龍應台著)

 台湾海峡1949_001.JPG 「台湾海峡一九四九」(天野健太郎訳)は白水社刊。2800円。初版第1刷は20127月5日。龍應台は作家、評論家。1952年、台湾高雄県生まれ。85年「中国時報」に掲載の評論が反響を呼び、出版された「野火集」がベストセラーに。2012年、文化省昇格で初代大臣。香港大教授など歴任。














 1949年。それは中国大陸と台湾が海峡を隔てて決別した年である。そこに至るまでには、もちろん長い抗日戦争があり、内戦があった。人々は戦火の大陸をさまよい、台湾に逃げ、また台湾の人たちはそれを受け入れた。それを「歴史」とひとくくりで語ってしまうにはあまりに膨大で、悲しみにあふれた暮らしぶりと体験があった。放浪の旅は時に中国を離れる。そこにあったのは大いなる決断ではない。ほんのささやかな、個人的な決意が人々を長い放浪へと駆り立てた。

 著者・龍應台の「台」とは、台湾に由来する。このことの「痛み」を彼女はこう表現する。

 ――誰かと名刺を交換すれば、それだけで、彼、彼女が「よそ者」であることがわかってしまう。なぜなら地元の人間にとって、この地に代々暮らしていることなど当たり前すぎるほど当たり前なわけで、わざわざ名前をそこに刻みこみ、「はるばる来たぜ」と喧伝する必要などないのだ。出生地を記念するという行為自体どこかまともではなく、すでにひとつのレールを踏み外している。

 こうした「痛み」を知る彼女は、「日本語版への序文」で書き記している。

 ――本書は文学であって、歴史書ではない。私は信じている。文学だけが、花や果物、線香やろうそくと同じように、痛みに苦しむ魂に触れることができるのだ、と。

 もちろん「表現方法」を語っているのではない。書こうとしたものが歴史の大河などではなく、一人ひとりの地を這う暮らしぶりと目を覆うばかりの流血の惨状であったことの確認と覚悟を語っているのである。

 思えば、台湾へと流れついた人々は2度の戦いの末の「敗戦」を目の当たりにした。だから龍應台は二つの戦いの計12年にわたって、膨大な屍を見た人たちの証言を、つぶさに文字にしていく。まぎれもなく強靭な精神と圧倒的な筆力がなければ、なしえない作業である。

 ――覚えていなければならないのは、ヨーロッパは六年の戦争を終えたあと、ほっと一息つくことができたということだ。(略)そんなころ、中国人はさらに激しい戦争を発動していた。(略)しかも今度は、銃口を内に向けて、である。

 ――やっとのことで炊事係が作ってくれた豚肉汁だ。(略)お椀を手にしたそのとき、ヒュンと砲弾がひとつ飛んできて、鍋の上で爆発した。(略)戦友の頭、腿、手足がバラバラになり、爆発でぐちゃぐちゃになった肉がお椀に落ちて、汁に混じっていた。

 1948年の、ある兵士の体験だ。それより前、46年に江蘇省の塩城を、国民党軍が共産党軍から奪還する。12月、この城塞都市には堀がなかった。ある兵士は疑問を抱く。堀はどうなった? 駐屯地には水源もなかった。やがて浅い水溜りを見つけた。赤や黄色でひどく汚かったが、それで飯を炊いた。石をひっぺがすと、凍りついた腕が一本出て来た。堀や塹壕は、ないわけではなかった。死体で埋まっていたのである。あの水は、血の水だった―。

 わずかな例外を除いて、登場するのは名も知られぬ兵士たちだ。しかし、その体験はおぞましく、忘れることなどできない。そしてそれは膨大な数に及ぶ。この書を、龍應台はこう結んでいる。

 ――どの戦場にいようが、どの国家に属そうが、誰に尽くそうが誰を裏切ろうが、ましてや勝者だろうが敗者だろうが、正義と不正義をどう線引きしようが、どれもこれも私には関係がない。すべての、時代に踏みにじられ、汚され、傷つけられた人たちを、私の兄弟、姉妹と呼ぶことは、何一つ間違ってないんじゃないかしら?

台湾海峡一九四九

台湾海峡一九四九

  • 作者: 龍 應台
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2012/06/22
  • メディア: 単行本




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